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アジアン・メタルマーケット/ベトナム編 (1)

一進一退の高炉計画 / 問われる資金・計画力

日刊産業新聞 2009年10月28日

 今年の5月19日。台湾プラスチック・グループの王文淵総裁が中国鋼鉄(CSC)の高雄製鉄所を訪れた。原料処理から製鋼、圧延と一巡り。設備と操業の技術をつぶさに見て回った。

 台湾民間企業最大手の台プラはベトナムで高炉一貫製鉄所の建設に着手し製鉄業に初めて進出する。CSCはベトナムで住友金属工業と合弁で冷延工場の建設を計画。王総裁とCSCの張家祝董事長は昼食を取りながら意見を交換した。

 それから2カ月後の7月。台プラはCSCと住金の合弁冷延への5%出資を決める。具体的な連携策は明らかになっていないが、台プラの上工程からCSC・住金の下行程への鉄源供給は想定される策の一つだ。

 中部ハティン省での台プラの高炉建設は金融危機の影響や土地取得問題などで昨年12月に一時中断したがこのほど再開。第1期で年産750万トン高炉、熱延ミル、ビレット工場を順次建設。製鉄所の完成は4年後とみられ、最終的に1500万トンに拡張する。同省タックヘー鉱山からの鉄鉱石を利用する。  

▼大資本の迷い

 「台湾プラは企業力が大きい。高炉建設は実現するかもしれない」。韓国POSCOの現地冷延ミル、POSCOベトナムのキム市場調査部門長はこう推測するが、「ただ、台プラは製鉄業の経験がない。当社は長年の経験を持つ。品質や競争力が高く優位だ」と胸を張る。

 POSCOもベトナムで450万トン級の高炉一貫製鉄所を計画している。冷延ミルが今月19日に稼働。2012年以降に熱延ミルを建設するため、鉄源を自前で用意する。当初の高炉建設地の南部ニャチャン地区はリゾート地域で環境問題が懸念され北部か中部に変更。景気後退から実行を見送っているが、旗は降ろしていない。

 金融危機の影響をより強く受けた投資案件がある。マレーシアのライオン・グループは1400万トンの高炉一貫製鉄所の建設に二の足を踏んでいる。

 07年9月にベトナムの造船最大手のベトナム・シップビルディング(ビナシン)と製鉄所建設の合弁契約を締結。98億ドル(約9000億円)を投じ第1期450万トン、2011年稼働を計画。08年9月に中部ニントゥアン省から建設認可を受け、1650ヘクタールの土地を取得したが着工はまだ。進ちょくがなければ認可を取り消される可能性がある。

 実現可能性が高いとみられていた印タタ製鉄と越国営VNスチール(VNS)のハティン省での450万トン高炉一貫製鉄所は進展していない。タタは英蘭コーラス買収の際の借入金の返済とコーラスの不採算で資金調達に苦慮している。

 当初は2010年末の完成を予定していた。今年2月にタタのミシュラ副社長は「遅れているが、2012年に完成する」と産業新聞社のインタビューで明言。ただ、タックヘー鉱山の開発を含んでおり、「鉱山開発は莫大な資金を必要とする。製鉄所を造るだけではないタタの計画はお金と時間が非常にかかる」(現地日系商社)とみられ、計画の遅れは必至だ。

 東南アジアには大・中規模高炉がまだない。タタが8月末にタイでミニ高炉を稼働させたが年産能力50万トンと小規模。タイは政府主導で高炉建設に乗り出し、日本高炉やアルセロール・ミッタル、宝山鋼鉄が名乗りを上げているが、具体的な方向性が政府からいまだ示されていない。東南アジアの高炉建設はそれでもベトナムが至近に位置する。  

▼無計画な政府

 ベトナム政府は豊富に産出し価値の高まった自国の資源の有効活用に目をつけ、これまで輸出一辺倒だった原油について外資を誘致し自国で精製。台プラは124億ドルをかけハティン省に外国投資案件として過去最大の石油工場を建設する。同様に鉄鉱石も輸出から、鉄鋼製品の加工・輸出へとシフト。資金と技術を持つ大手の鉄鋼外資を誘致し続けてきた。ただ、あまりに多くの投資認可を発給してきたために供給過剰に陥る懸念が沸き起こっている。

 ベトナム鉄鋼協会が見直しを迫ってきたこともあり、政府は新規鉄鋼プロジェクトに対し投資認可前に商工省からの最終証明書取得を10月1日付で義務付けた。省の認可を受けた既存プロジェクトも対象。資金力、地理的条件、技術、環境配慮など取得条件を定め、高炉は炉内容積最少700立方メートル、電炉・転炉最少70トン炉、水供給確保、廃棄物処理対策など規制を強めた。

 印鉄鋼大手のエッサール・スチールがVNSとの熱延ミルの合弁参画を取りやめるなど投資を見送るケースが増えている。金融危機は「政府や各省が認可を乱発し、コントロールが利いていなかった」(日系商社)という無計画な投資の冷却材となり、資金力と将来計画の乏しい計画は精査される。政府や企業自らがふるいにかけた後、鉄鋼絵図に描かれる企業は果たして。


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