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鉄粉で稲作革命/山内稔・農学博士に聞く

湛水直播技術の取り組み/環境・省力化に効果

日刊産業新聞 2009年06月19日
 鉄粉が稲作の労働力不足を解消するかもしれない。米の種子を鉄でコーティングして湛水直播する「環境保全型水稲直播技術」の取り組みが、ジワリと広がりを見せつつある。近畿中国四国農業研究センターの産学官連携推進センターで研究と普及を進めている山内稔・農学博士に、取り組みの現状を聞いた。

 ――鉄コーティング湛水直播とは。

 「簡単に言えば、鉄粉でコーティングした乾燥種子を、土壌表面に散播・条播すること。種子が重くなることで、代かきをした水田でも浮く心配がなく、硬いため、すずめに食べられる被害もなくなる。苗作りも不要で、播種も一人で行える―など、省力化にもつながる」

 ――取り組みが本格化したのは。

 「直播については、酸素発生剤をコーティングした催芽種子の研究に過去数十年にわたって取り組まれてきたが、普及には至っていない。これを基礎にした鉄コーティングは、2004年に特許申請して新潟、広島などの生産者が試験栽培を開始した。現在北海道でも試験されている」

 ――鉄粉に結びついた要因は。

 「日本とアジアは、代かき後の直播が基本なので、水田に浮かない比重があることが一番。昔から水田の土壌改良資材として、鉄が使われてきた歴史もあるし、使い捨てカイロなどで、安全性の指標もある。銅、亜鉛、貴金属なども検討してみたが、食の安心感という問題もあるし、コスト面でも厳しかった」

 ――製造方法は。

 「鉄粉に酸化促進剤として10%強の焼石膏を混ぜる。この後種子と混ぜ、仕上げに焼石膏を5%ほど薄くコーティングする。水をスプレーして錆を発生させた後に乾燥させる」  ――鉄粉のコーティング量、コストは。

 「種子の重さ(25ミリグラム)の半分をベースにしているが、土壌環境やすずめの被害状況などで、比率は自在に変えられる。下限は0・05。鉄粉価格は10アール当たり100―800円程度とみている」

 ――世界の直播普及事情は。

 「米国では100%、アジアでも14%とみられている。日本ではまだ1%程度と実績はない。ただ、この技術に興味を持った生産者からの問い合わせや引き合いも出始め、新潟を中心に全国的に普及してきている」

 ――鉄粉の供給ルートは。

 「還元鉄粉で、粒度100μm以下のものが適している。研究では、粒度の細かいものはDOWAIPクリエーション(岡山市)、ダイテツ工業(福山市)、粗いものはテツゲン(北九州市)を使用している。なお、アトマイズ鉄粉は適していないが、工場から出る廃鉄粉の使用も可能だ」

 ――組織的な採用の動きは。

 「農機具メーカーではクボタが関心を示し、全国の販売店で扱っている。また、全農も取り組みを開始し、本年度は10県で実証試験を行っている。また、種子を一括製造販売して普及を図る動きもある」

 ――播種にあたって、機械設備の問題は。

 「田植え機の転用や、小規模なら農薬などに使う散布機でも可能だ」

 ――技術の他の特長は。

 「種子は1年以上保存できる。稲の生産には、苗作り・運搬などにも人手がかかり、規模拡大には苗作りの施設も必要になる。生産者の高齢化が進んでいる中で、労働力の軽減も見込める」

 ――派生効果は。

 「これまでの試験で、鳥害対策の他に、種子に付着している病原菌の殺菌作用も確認されている。水があっても播け、水質汚濁を軽減できるし、除草剤の効きも良くなる。可能性はまだ広がるかもしれない」

 ――研究の基本思想は。

 「工業と農業のコラボというか、物質循環の橋渡しになれればとの思いで進めている。私自身、稲作の研究は長くやってきたが、鉄とのかかわりはなかった。研究成果などの発信・開示が責務と思っている」  


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