2024年12月2日

商社の経営戦略―需給・収益構造対策― 伊藤忠丸紅鉄鋼 石谷誠社長/国内流通機能見直し急ぐ/米・欧阿中東の収益基盤を拡充

――国内外で市場環境が大きく変化しており、需給構造対策、収益構造改革が求められている。国内は8000万トンあった鋼材需要が5000万トン規模に縮小する一方で安価な輸入鋼材が増加しており、鉄鋼業は市場環境を維持するための正念場を迎えている。

「国内は少子高齢化、人手不足を背景に内需が減少しており、海外諸国の保護貿易主義の高まりもあって間接輸出も減少する。長期的に国内の鉄鋼需要は先細りし、海外の地産地消が進むにつれて半製品や鋼材などの直接輸出も縮小していく。先行して高炉メーカーが国内の製造設備の再編・集約を進めている。物流・加工を含む流通機能についても見直しを急ぐ必要がある。まずは同業の商社と既存設備・機能の統合・集約を推し進めたい。老朽設備の更新は単独で行わず、同業他社と連携しながら機能を高めつつトータルの設備能力を抑える方向で実施すべきと考えている。いずれも品種・分野・地域ごとに検討を進め、決定次第、速やかに対応していく。オーナー系の特約店の皆さんとも勉強会などを通じて10年、20年後の国内鋼材流通のあるべき姿を描き、実現に向けて共に歩んでいきたい。中国の鉄鋼過剰生産による東アジア市場の混乱は長引く可能性もあり、安値の輸入鋼材対策については業界全体で知恵を絞っていく必要がある」

――カーボンニュートラル関連など新たな需要への備えも求められる。

「国内でもEV・PHVの生産台数が増え、洋上風力発電所の建設も本格化してくる。電動車の増産ニーズに対応するため、モーターコア用の精密金型に強みを持つ黒田精工と紅忠コイルセンター関東の常陸事業所内に合弁事業を設立。モーターコアの量産を23年に開始したところだが、電磁鋼板のプレス加工設備など追加投資に着手した。洋上風力ビジネスは、鋼材の調達から部材加工、物流、組み立て、設置に至る大規模プロジェクトとなるので、商社としての機能を発揮できる。先行する中国のプロジェクトに参画し、ノウハウの蓄積を積み重ねている。浮体式風力発電の関連技術開発を進める海外のスタートアップ企業への出資も検討している。丸紅、伊藤忠商事の両株主会社とも連携し、ビジネスチャンスをしっかり捕えていく」

――海外は国によって守りと攻めの収益構造対策が求められる。最大の収益基盤である米国では攻めの投資を続けている。

「CDBSがオクラホマシティに製造拠点を持つ同業のスタッズ・アンリミテッドを買収した。CDBSは商業施設などの建築用スチールフレームで4割強の全米シェアをすでに握っており、シェア拡大が狙いではない。テキサス州、イリノイ州、カリフォルニア州など全米15拠点を展開するが、テキサス州の製造拠点の能力が不足気味だったことも踏まえ、南西部で手薄だったオクラホマ州での地産地消を推し進め、収益構造を一層強化する。住宅分野では屋根・壁用のスチール・アルミサイディングを得意とするクオリティ・エッジがミシガン州、テキサス州、ジョージア州など3箇所に製造拠点を持ち、商品ラインアップを拡大しながら市場の深耕を図っている」

――トランプ次期大統領は、原油・天然ガスなど化石燃料の採掘を増やし、中国製品の輸入関税を引き上げると宣言している。

「ガルフや本土のシェールオイル・ガスを含めた米国のリグ稼働基数はコロナウイルスで経済活動が停滞した2020年の250基から580基規模まで戻り、加えて品質要求が高まり、1基当たりの鋼管消費量も増えている。次期大統領が宣言通りエネルギー政策を転換すれば鋼管需要は増える。通商政策に関しても国内需給がタイト化し、価格が上昇する方向に転じるだろう。いずれも来年1月の大統領就任後となるが、米国内事業にとっては追い風となりそうだ」

――エネルギー、自動車分野の収益基盤も拡充している。

「マルベニ・イトチュウ・チューブラーズ・アメリカがヒューストンに本社を構えて、油井管、ラインパイプ、特殊管のマスターディストリビューター機能を担っている。油井管問屋のスーナー、CTAP、カナダのトライマークが北米市場をカバーしている。自動車分野はゼネラルモーターズ向けのスチール・アルミパネル加工機能を担うRSDCミシガンがEV対応を進めている。MISAメタルプロセシングはポートランド、ルイビル、フォレストの3拠点を展開。CDBSのパートナーで大手鋼材流通のワージントン・インダストリーズとUSスチールとのコイルセンター合弁企業からミシガン州のジャクソン工場を買収したMISAスペシャルティ・プロセシングを加え、5拠点体制となった。ルイビルには厚板溶断のMISAメタル・ファブリケーティングがある。幅広い事業基盤を通じて、収益基盤をさらに拡充していく」

――USスチールとの取引が広がっている。

「スーナーが販売する油井管の半分はUSスチールからであり、かねてから良好な関係を維持している。9月にUSスチールを訪問したが、MISAスペシャルティ・プロセシングなどを通じた取引拡大も期待されている」

――一方、メキシコ産品は米国向けの輸出関税障壁が高くなる可能性がある。

「アグアスカリエンテス州、グアナファト州に自動車対応のコイルセンターがあり、グアナファト州の拠点では電磁鋼板対応のスリッターを増設中。米国は電磁鋼板の輸入関税が高いためメキシコでモーターコアを製造して供給している。丸一鋼管との合弁事業も自動車部品を製造している。次期大統領の政策次第で供給体制の見直しを迫られることになるが、5年後も見据えて経営判断していく」

――インドは事業基盤を大きく広げている。

「インドは米国と並ぶターゲットエリアと位置付けて、伸びる需要を確実に捕捉していくための投資を続けている。JSWスチールとは、プネ、パルワル、グジャラート、チェンナイの4拠点で自動車用等の薄鋼板のコイルセンターを展開しているが、操業開始10年で年間取扱量が100万トンを超えた。現有拠点の設備増強、新規開設を含めて規模の拡大を加速していくことになるだろう。デリー近郊にある100%出資のモーターコア製造拠点も能力増強を迫られている。マグナム・ストリップ&チューブとは二輪・四輪用のメカニカルチューブを製造し、カパロ・エンジニアリングとは自動車用TWBの合弁事業を展開している。中国の鋼材輸出の影響を直接受けにくい政治事情もあって、鉄鋼需要は順調に拡大し、供給もほぼミートしている。インド総代表を4月に新設した。現地企業との関係を強化しながら、収益基盤をさらに大きく広げていく」

――豪州でもビジネスチャンスを窺う。

「金属・エネルギー資源国としての着実な成長が期待できるマーケット。厚板切断加工会社、鋼管販売会社、現地法人の3社があり、伊藤忠商事、丸紅の両株主会社の現地事業との連携、情報交換を通じて、脱炭素関連の新たな需要を開拓していく」

――欧州市場開拓も積極的。

「本年7月、スペインの独立系最大手の鉄鋼グループ企業であるネットワーク・スチール・リソーシズに出資し、持分法適用会社とした。2002年設立のNSRは、ビルバオやレオンなど7拠点で、年間100万トンを超える鉄鋼製品のサプライチェーンを展開する建設鋼材流通のリーディングカンパニー。欧州では、全英市場をカバーする15拠点を展開し、建設やインフラ、エネルギー用鋼材の加工・販売ネットワークを構築するバークレイ&マシソンを22年秋に買収している。B&Mを通じて、洋上風力分野のビジネスを拡充するための追加の企業買収も実行した。太陽光関連でも新会社の設立準備を進めている」

――中東、アフリカの市場開拓にも注力する。

「UAEドバイに10月1日付で中東現地法人を設立した。先行してサブサハラではナイロビのケニア支店を設立している。欧州会社社長が欧阿中東支配人を兼務し、新設した中東拠点を通じて、中東からアフリカにかけてのトレード開拓を加速する」

――中国では自動車はじめ日系企業が苦戦している。

「日系企業の撤退が続いているが、単純な撤退は考えていない。現地で展開する加工・物流の付加価値機能を活用しながら、民族系の自動車メーカーとのビジネスを拡大するなど事業構造転換を急ピッチで進めてきた。世界最大の鉄鋼市場であることに変わりはないので、調達先やビジネスパートナー、経営体制を柔軟に見直しながら、中国国内でビジネスを継続するための機能をさらに磨いていく」

――東南アジアは

「中国の経済成長鈍化、鋼材輸出増加などの影響が広がっており、国によって状況は異なるが成長軌道に戻るには時間がかかりそう。タイ、インドネシア、パキスタン、フィリピン、シンガポール、ベトナムなどで幅広く事業を展開しているが、いずれも厳しい時期を乗り越えてきており、経営は安定している。地産地消の流れを捕まえ、次のビジネスチャンスを捉えていく」

――さて24年4-9月期は連結純利益が294億円となり、前年同期比34%の大幅減となった。

「22年から23年にかけて好調だった北米事業の反動が続いている。海外市場における鋼材の市況下落、需要低迷も響いた。一方、これら二つの要素を除いた国内・海外事業の収益は底堅く推移しており、事業構造改革、成長投資の手応えを感じている。有利子負債の圧縮によって金利収支が改善し、受取配当金も増加した。持分法投資利益は北米鋼管事業会社の収益後退によって減少した。円安はBS面でマイナスに効いたが、収益面ではプラスに作用した」

――第1四半期が155億円(前年同期247億円)、第2四半期は139億円(200億円)だったが、下期の見通しは。

「中国の鉄鋼過剰生産・輸出による国際市場の混乱は長期化する見通し。米国のカーボングレードの油井管の指標とされる南部の相場はコロナ禍収束後の22年ピークのトン3600ドルが23年前半は2000ドル前後に下落し、24年前半は1700ドルとさらに落ち込んだ。足下は1800ドル前後で推移しており、底を打ったと見ている。日本国内は自動車など回復が期待できる分野もあるが、24年下期も総じて需要は低水準で推移すると見ている。加工賃・運賃・人件費など、上昇するコストのタイムリーな転嫁が鍵となる」

――「第8次中期経営計画」(24-26年度)は、「基礎収益力の強化」「DXやGXをリードするトレード機能の強化」「次世代の経営を担う人材の育成」の三つを重点課題に掲げている。

「2030年代を見据えて『鉄鋼流通におけるグローバルトップ』を目指す長期ビジョンを策定した。第8次中計のキャッチフレーズは『トレード×インベストメント』。トレードで培ってきた知見と顧客基盤を最大限に活用して、トレードと投資を掛け合わせる、あるいはトレードからの投資案件を発掘していくことでビジネスモデルを転換し、収益基盤を強化していく。中計初年度として数多くの取り組みをスタートしており、成果を前倒しで引き出していく」

――前中計は21年度626億円、22年度955億円、23年度803億円で、基礎収益力を200億円から400億円に引き上げたと分析していた。

「鋼材市況や為替など外部環境に左右されない基礎収益力をさらに200億円規模で上積みしていく」

――基礎収益力の強化には成長投資が不可欠。

「本年4月1日付で各営業本部に『開発室』を設置し、事業総括部に『投資推進チーム』を設置した。事業投資に対する意識を高めるため社長主催の勉強会を役員、部長、海外の主要事業会社社長を対象に開催しており、これから課長級、若手へ広げていく。『投資推進チーム』にM&Aの専門家を2人招聘して、『投資推進勉強会』を10月から隔週ペースで開始しており、こちらも対象を全社員に広げていく」

――GXの推進については、

「新規事業の創出を目的に23年4月に設置した『インキュベーション室』が、脱炭素・デジタル社会への対応策、物流や人手不足などの課題に関して取引先が求めるサービス機能を追求している。インキュベーション室が営業と一緒になって開発した脱炭素ソリューション『MIeCO2(ミエコ)』は採用企業が順調に増えている。共同配送事業を展開するメタル便、カーボンクレジットに関する知見を持つNTT Comとの実証実験も進めている。共同配送は専属便に比べて効率的でCO2排出量を低減できる価値を認められているが、鉄鋼物流における共同配送の効果を可視化し、カーボンクレジット化することで鉄鋼業におけるGXを加速させるのが狙い。国交省のモーダルシフト第3次募集で補助金事業に採択された」

――DXの取り組みを。

「ITツールを活用して業務改革を推進する社内コンテスト、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)Cupが3年目に入り、自律型のBPR活動が定着し、社内・グループ内における横展開を進めている。さらにステージを引き上げるため、それぞれの持ち場でDXを自分事として捉えるマインドセットを目的に全社員を対象とする研修を実施している。若手有志の粘り強い提案活動を受け止めるかたちで、スパイラル・キャピタル・ジャパン・ファンドの3号投資事業有限責任組合への出資を決めた。同ファンドへの投資を通じて、スタートアップやベンチャー企業が持つシーズを取り込むオープンイノベーションの手法も採用し、トレードの競争力強化や付加価値の高いソリューションの提供に結び付けていく」

――経営人材の育成も急ぐ。

「世界で戦える人材を育成していく。若手社員の事業会社への出向、30歳代の海外事業会社の社長への登用などストレッチ・アサインメントを加速。課長級以上は全員を短期のビジネススクールに派遣する予定で、今期は課長級24人を国内ビジネススクール、部長級12人をハーバードなど海外MBAに送り込む」

――来春の採用は。

「総合職は48人を採用する。かつては20人前後だったが、コロナ禍に抑制したこともあって、今春は29人に増やしており、世代間のバランスをとっている。人手不足が本格化する中、収益基盤の拡大に向けた人材の採用も強化していく」(谷藤 真澄)

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