2024年9月9日

神鋼商事の成長戦略―中期経営計画2026―/(1)経営方針を聞く/高下拡展社長/経常益145億円へ機能磨く/ビジネス3分類、重点5分野で展開

――新社長としての抱負から。

「神戸製鋼所グループの多様な技術・事業を展開するDNAをしっかり受け継ぎ、メーカー系商社ならではの専門性を高めていく。併せてKOBELCOグループ中核商社としての機能を磨きつつ、自ら持続的成長軌道を創出していくための戦略を牽引していく。2030年以降を見据えた長期経営ビジョン『明日のものづくりを支え、社会に貢献する商社』の実現に向けて、社会的課題の解決に通じる、新しい価値があるビジネスをグローバルに展開し、さらに魅力ある企業へ変革していく。そのためにも商社の財産である人材の育成に注力し、自己成長と貢献意欲の両立を追求する企業風土を醸成し、イノベーションと競争力の強化に結びつけていく」

――神鋼商事入社の社長は、1989年から96年まで務めた市川氏以来、二人目で28年ぶり。この間、株式34%を保有する神戸製鋼出身の社長が続いた。神戸製鋼の現経営陣との信頼関係をどう構築していく。

「私は1990年に入社し、非鉄金属本部に配属され、神戸製鋼が製造する銅板のサプライチェーンに長く関わってきた。入社3年目の92年から95年にかけて神戸製鋼の東京本社・伸銅販売部、現在の銅板営業部に出向しており、企業人としては神鋼商事、神戸製鋼の双方にルーツがある。神戸製鋼の執行役員の多くが同年代であり、勝川社長とも信頼関係を深めることができると考えている。KOBELCOグループの多様な商品の販路維持・拡大に注力し、グループ各事業との連動と調和を深化させていく」

――経営環境が大きく変化している。

「米中対立を中心とした経済的リスク、ロシアのウクライナ侵攻に端を発したエネルギーコスト上昇、東シナ海や中東などにおける地政学リスク、欧米の金融政策変更などが重なり、先行きが極めて見通し辛い情勢にある。カーボンニュートラルなど社会全体の大きな流れは変わらないが、各国の政策、景気動向の影響は避けられない。足下、政府主導でEV化が進展する中国における日系自動車メーカーの減産、不動産問題を背景とした建設機械の需要低迷などの影響が深刻化している。米国も大統領選挙の結果次第で経済政策が大きく変わってくる」

――国内については。

「自動車分野の生産が足踏みしており、本年度下期に上向くと期待していた半導体分野の回復も遅れている。建設分野は、人手不足、人件費や資機材価格の上昇などによって物件が先送りされている。一方で賃上げによる個人消費喚起、インバウンド需要の拡大など好材料もある。自動車メーカーが挽回生産に入り、原材料や部品などの在庫調整が進展すれば、下期中の環境好転も期待できる」

――カーボンニュートラル時代への移行はビジネスチャンスにつながる。

「神戸製鋼が得意とする非汎用の圧縮機は、水素やアンモニアなどの液化・ガス化装置向けの商談が始まっており、サプライチェーンを構築する動きが来年から活発になると見ている。鉄鋼、非鉄メーカーはスクラップの利用拡大を急いでおり、資源リサイクル関連のビジネスチャンスが大きく広がってくる。石炭火力発電所におけるバイオマス燃料の混焼比率が高まる傾向にあり、パーム椰子殻や木質ペレットの需要も伸びる」

――「中期経営計画2026」は、執行役員時代に自らがリーダーとなって策定した。

「2021年に策定した長期経営ビジョンで描いた経営目標やあり姿からバックキャストし、この間の事業環境変化を想定しながら『投資の促進』と『商社機能の強化』による『収益力強化』を追求していく」

――前中計は95億円以上の目標を掲げた連結経常利益が97億円、127億円、128億円と超過達成した。

「最終26年度の目標を経常利益145億円に設定し、ROIC(投下資本利益率)6・5%を経営指標に加えた」

――4月1日付で大掛かりな組織改正を実施した。

「鉄鋼、鉄鋼原料、非鉄金属、機械・情報、溶材の5本部制から、金属、機械・溶接の2本部制に再編した。メーカー系商社として、専門性が高いプロフェッショナルを育成して事業を展開することを追求してきたが、市場構造が大きく転換する中、異業種、異分野が交じり合うことによる多様性も追求していく。事業分野が近接する鉄鋼、アルミ・銅、原料の3ユニットで金属本部を、機械、溶接の2ユニットで機械・溶接本部を構成。ビジネスモデルの横展開、人事交流などを通して商社機能をさらに強化し、新しいビジネスモデルを創出していく。中長期的な収益力強化を目的に営業本部から独立した新事業推進室を新設した」

――組織改正のシナジーが期待される。

「金属、機械・溶接の両本部が各ユニットに横串を通した課題の抽出を開始している。課題解決の支援態勢を構築し、組織融合のシナジー発揮、イノベーションの創出などの効果を引き出していく」

――専門性に多様性が加わる人材の育成は、構造転換が加速する市場のニーズにも叶う。

「本部、ユニットを越える人事異動を段階的に開始しており、来年度にかけて本格化する。エンゲージメントサーベイの結果、若い社員がチャレンジする場を求めていることが分かった。メーカー商社の宿命としてサプライチェーンを維持・拡大するための仕入先や納入先との交渉、デリバリーが重要な仕事であることを認識した上で、人事異動を通じて新しい市場、異なる分野での経験や刺激を受け、新たなスキルを身につけてもらう」

――金属本部として目指すところは。

「金属本部は、プレミアムカスタマ―に原料・素材・部品を安定供給することがベースカーゴとしてある。鋼材やアルミ・銅の価格が上昇したから増益になったということだけでは商社価値は認められない。神鋼商事の強みは高い専門性であり、大手商社が手控えるキメ細かいビジネスを積み重ねているところにある。鉄鋼、アルミ・銅、原料の3ユニットのそれぞれの強みを融合し、需要構造変化に対応してDX投資、事業投融資を積極展開することで商社機能を磨き、専門商社ならではのキメ細かいサプライチェーンを再構築していく」

――機械・溶接本部については。

「機械ユニットは、圧縮機など産業機械や建機部品、溶接ユニットは溶接材料や溶接ロボットがベースカーゴ。とくに機械やロボットはスポット販売の連続で、リプレースやメンテナンスなどの営業情報が極めて重要となる。ものづくりの現場に最適な機械・機器、材料を安定供給するキメ細かいサプライチェーンを構築していく。機械・機器の納入にとどまらず、据え付け、メンテナンス、リプレースなどを含めた設計・エンジニアリング機能を強化し、モノ売りからコト売りへとビジネスモデルを転換していく。東南アジアやインドなどの発展途上国において素材の地産地消は進むが、機械類の現地調達はしばらく難しい。ビジネスチャンスをつかむための事業投資、M&Aを積極展開していく」

―—既存ビジネスを『KOBELCOグループビジネス』「神鋼商事オリジナルサプライチェーン」、「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」の三つに分類し、それぞれの方策を打ち出した。

「『KOBELCOグループビジネス』は、神戸製鋼グループの商品の販路の維持・拡大に注力するビジネスモデルで、神鋼商事の歴史を支えてきた。『オリジナルサプライチェーン』は、神戸製鋼グループ以外の仕入れ先を見つけ、グループ以外の企業に販売するビジネスモデルで、商材開発力、市場開拓力が成長のカギを握る。二つのビジネスモデルを強化しながら、『SX』を担う新事業推進室が社会課題の解決と収益力強化につながる未来への投資と事業を推進していく」

――重点分野は。

「自動車、半導体、資源リサイクル、エネルギー、ものづくりの現場の5分野。自動車分野は『グループビジネス』として特殊鋼線材分野の収益力強化策を継続する。半導体と資源リサイクル分野は、『グループビジネス』『オリジナルサプライチェーン』の両面で強化していく。エネルギー分野は、『オリジナル』と『SX』の両面でバイオマス燃料や新商品開発などにアプローチしていく。モノづくりの現場については、脱炭素関連機器や省人化ニーズなどに全方位で対応していく」

――収益力のもう一段の強化には事業利益の積み上げが必要。

「トレードビジネスは外部環境の影響が大きく成長余地は限りがある。そこで成長性、安定性がある事業投資へ積極的に資金を投入していく。『トレードビジネス』、『オリジナルサプライチェーン』は、既存ビジネスをベースとした事業拡大機会を追求しつつ、ROIC経営を推進することで資金効率化を図り、収益力を高めていく。『SX』はサステナビリティやESGをキーワードに新規事業を立ち上げていく」

――投資は3年間230億円の計画。前中計は200億円の計画だったが120億円程度にとどまった。リスクが高まる中での投資拡大には企画・提案力が問われる。

「昨年9月、5営業本部(当時)、管理部門から総勢12人の部長級のメンバーを揃えて新中計の策定に着手。事業投融資を成長エンジンと位置づけ、各本部で中堅・若手を中心に投資促進をテーマに議論を重ね、数多くのアイデアから絞り込んだ案件の積み上げが230億円であり、事業化調査を急ぎ、実行に移す段階にある」

――戦略地域は。

「成長地域と位置付ける東南アジア、インドにおいて、自動車やエネルギー分野、機械・溶接関連の地産地消ビジネスを積極的に強化・育成していく。中国は自動車、半導体分野の既存ビジネスの収益改善を急ぎつつ、地産地消ビジネスを拡充。北米では特殊鋼線材事業の収益改善を図りながら、新規事業の創出にも取り組む。豪州では鉄鋼原料の安定供給態勢を維持しながら、バイオマスや水素など新エネルギー調達先を拡充していく」

――SX投資を牽引する新事業推進室の機能も重要。

「サステナビリティをキーワードに事業承継、M&A、新商品開発、新規事業開設などを含め、事業分野を限定せず未来の成長の種を見出し、育成していく。金融機関、投資ファンドとの関係を強化し、事業承継、合弁事業、スタートアップ企業などの情報を入手する仕組みを構築。経営企画部を中心に、M&Aや事業化調査に関するスキルを持ったメンバーが集結しており、各ユニットの新規事業案件もサポートしていく」

――財務戦略を。

「ROIC経営を推進することで利益を拡大し、売掛金や在庫圧縮などによって資本効率を高め、3年間で200億円以上の営業キャシュフローを創出。事業投資、DX投資、人的資本投資を積極展開し、株主還元も継続していく」

――ROICに縛られると商社機能が削られかねない。

「ROICを一律的に評価して経営判断すると事業機会を見逃すことになる。連結ベースでROICのバランスをとっていく」

――東証プライム市場から株価純資産倍率(PBR)1倍超えを求められている。

「3年前に3500円前後だった株価が本年7月には8960円まで上昇した。21年度から3年連続で100億円を超える経常利益を維持したことが市場に評価されたものと認識している。経営基盤の一層の強化に向けて監査等委員会設置会社に移行し、『サステナビリティ基本方針』を制定、資本コスト経営を導入し、『人的資本経営』を強化。市場が求める持続的成長軌道を創出していく」

――年間配当を100円前後から21年度245円、22・23年度315円と引き上げてきたが、株主還元方針について。

「今中計では、連結配当性向30%以上、あるいは一株当たり配当300円のいずれか高い方を基本方針とする」

――本年度の連結経常利益予想は110億円。

「23年度は過去最高の128億円となったが、鋼材価格上昇、円安の進展などの追い風にも恵まれた。本年度は1ドル135円の前提で、前年度比5%の増収を見込んでいるが、人件費や営業活動費など販売管理費が大幅に増加すると想定し、減益計画でスタートした」

――第1四半期実績は前年同期比1・7倍の36億円だった。

「端子コネクター用銅板や空調用銅管の取扱量増加、鋼材の価格上昇などが寄与し、金属本部の経常利益が2倍の32億円に増加し、機械・溶接本部は26%減の4億円にとどまった。上期の経常利益予想51億円、通期の110億円は期初予想を据え置いた」

――中長期の展望と課題を。

「金属本部はトレード・事業収益を拡充し、機械・溶接本部はメンテナンスやエンジニアリングなど周辺事業を強化。それぞれ収益構造を転換し、2030年を見据えた長期経営ビジョンと利益目標を達成する」

――社員へのメッセージを。

「夢と希望を抱いて入社したが、課長、部長と昇進するにつれて方向性を見失っていく社員が少なくないようだ。『人』が最大の財産であり、競争力の源泉。社員一人ひとりが目指すキャリアを描き、目的をもって自ら学び行動する主体性ある人材を育成していきたいと考えており、自己成長と貢献意欲を促すキャリア開発を支援する体制を整備していく。海外のナショナルスタッフにも教育機会を設け、リーダーとして活躍し、現地発のビジネスを創出してもらうことで本当の意味での現地化を図っていきたい。グローバル人材、DX人材を含めた教育訓練費、研修費用、システム投資など人的資本投資を前中計の3億円から6億円に引き上げる」(谷藤 真澄)

【プロフィル】

▽高下拡展(たかした・ひろのぶ)氏=1990年3月関学法卒、神鋼商事入社。92年から3年間の神戸製鋼出向、96年から5年間のシンガポール駐在などを挟み、銅板営業畑を歩む。非鉄金属本部銅製品部長、西日本非鉄金属部長時代を経て、21年6月執行役員非鉄金属本部副本部長に就任。23年9月から社長特命事項(中期経営計画)を担い、人事部や財務経理部の管掌も経験し、24年6月から現職。座右の銘は「陰徳陽報」で、「仲間や部署・会社、社会の利益を優先し、自然体で善行を積み重ねていく集団を目指したい」。家族は妻と大学生の一男。海外駐在時にゴルフの腕を磨いた。1966年12月21日生まれ、神戸市出身。

*新経営体制、新組織で中期経営計画をスタートした神鋼商事の「金属本部」「機械・溶接本部」「新事業推進室」の成長戦略に焦点を当てた経営陣のインタビュー記事を9回にわたり連載します。

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