2024年7月24日

鉄鋼新経営 変化を好機に/三菱製鋼社長・山口淳氏/特殊鋼鋼材下期受注増へ/ROIC重視、海外ばね再編

――足元の事業環境認識から。

「特殊鋼鋼材事業は引き続き低迷しているが、一部分野で顧客の在庫調整が進展し、回復傾向がみられるなど、下期にかけて受注量が増えると期待している。ばね事業は自動車分野が認証不正問題で一部影響を受けるものの、需要は堅調。ただ、建機向けは厳しい。素形材事業はMSMタイが手掛ける自動車向け精密鋳造品が好調で、コロナ前の数量に戻り、フル生産となっている。特殊合金粉末は顧客の在庫調整を受けているものの、拡販が進んでおり、下期でさらに伸びるだろう。機器装置事業は受注が順調だ」

――23年度決算をどう評価しているか。

「素形材と機器装置は安定成長のフェーズに入った。ばねは現状に満足はしていないが、北米子会社・MSSCが不採算製品の売価改善に取り組むなど再建のめどが立ち、6期ぶりに営業黒字に転換した。特殊鋼鋼材はインドネシア製造子会社・ジャティムが安定的に営業利益を確保できるようになる一方、三菱製鋼室蘭特殊鋼(MSR)は需要低迷で生産量が大幅に減り、これが要因となって営業利益が予想を下振れした。また為替ヘッジコストが増えるとともに、ドイツ・MSSCアーレと中国・寧波菱鋼弾簧で減損損失を計上し、最終赤字に転落した。国内特殊鋼鋼材は業績ボラティリティが大きく、需要動向に左右される課題が前期決算で浮き彫りになった」

――24年度の見通しを。

「5月の期初予想から状況は良化している。ジャティムの生産量が漸増中。国内の特殊鋼鋼材は数量こそ伸び悩んでいるものの、4月以降の値上げも顧客に認めてもらいつつある。国内の特殊鋼需要動向と、撤退を決めたMSSCアーレに係る損失を精査している」

――「2023中期経営計画」の進捗は。

「特殊鋼鋼材の生産量を除き、総じて計画どおりに進捗している。海外はばね子会社の再編・立て直し、ジャティムも順調。『30年のありたい姿』を実現するため、素形材の広田製作所で特殊合金粉末の生産能力増強投資を、またインドネシア以外の国で板ばね一貫生産体制構築をそれぞれ検討しており、24年度中に手を打ちたい。23年度収益目標が未達になったことで、財務体質強化が遅れる可能性があるが、まずは収益目標達成に注力する。求められているPBR1倍以上の実現に向けては業績安定化への取り組みが大きな課題。社内にROIC(投下資本利益率)経営を浸透させて拠点ごとのROIC目標をクリアし、バランスの整った業績ポートフォリオを目指す」

――特殊鋼鋼材事業の進捗状況を。

「ジャティムは稼ぐ力が付いてきて、今期(24年12月期)は2月の同国大統領選挙の影響や金利上昇による投資・消費の冷え込みによって数量減になるものの、営業利益は数量減少をコスト削減でカバーするため、過去最高を更新する勢いをみている。板ばね用平鋼の生産が落ち込んでいたが、パートナーであるインドスプリングの在庫調整が終わり、実需見合いの受注水準まで回復している。また中計始動前に比べて生産コストを10%低減させる『CD10プロジェクト』を推進した結果、現時点で5%前後まで下がっており、損益分岐点も低下している。近年で製造実力が向上し、製品品質が高まっていることから、炭素含有量が少ない高付加価値製品であるローカーボンスチールの生産比率を引き上げる。ローカーボンスチールはすでに農機具向けで一部供給しているが、品質要求レベルが厳しく、製造難度の高い自動車や建機のユーザーから合金鋼のSCr、クロム・モリブデン鋼(SCM)の415や420、低炭素鋼のS10CやS20Cなどを求める声が増えており、現調化ニーズを捕捉するため、レパートリーを拡げる。また現在、丸鋼精整工程の能力拡大工事を進めており、月間生産量を2000トン増やして6500トンに引き上げる。コスト競争力をさらに高めることができ、かつ丸鋼6500トン、平鋼8000トンのフル生産が視野に入り、次テーマの製鋼能力拡大に照準を合わせることができる」

「三菱製鋼の月間鋼材販売計画は上期が2万トン台後半、下期は3万トン台となる見通し。厳しい環境下に置かれているが、MSRは中計始動前に比べて損益分岐点が10%程度下がっている。さらなる収益改善に向けて全体の約5割を占める建機や産業・工作機械に偏ったポートフォリオを見直すため、その他分野で拡販する。北米オイル&ガス向け輸出を推進中で、継ぎ手用途で丸鋼の採用を働きかけている。円安を追い風に24年中に拡販を促進する。また洋上風力発電設備に使われる大型ベアリング用高清浄度鋼の開発にも取り組んでおり、ベアリングメーカーの要請に応えていきたい」

――海外ばね事業の抜本的見直しを行っている。

「日系自動車メーカーのグローバル調達方針に基づき、世界中にばね供給網を構築してきたが、自動車メーカーの方針転換で取り巻く環境が大きく変化した。ROICの観点から、低採算事業は抜本的対策を講じ、採算改善が見込めないと判断したMSSCアーレは事業撤退を決め、寧波菱鋼弾簧はスタビライザ製品からの撤退を検討している。一方、市場成長が見込めるインドの持ち分法適用会社は自動車用巻きばねラインを増設し、生産能力を2倍に拡大する。営業黒字に目途が立った北米MSSCとMSSCメキシコは財務健全化と自立化のため、増資した。両社への親子ローンの金利負担が減り、収益に好影響を及ぼす。またインドネシア以外の国での板ばね一貫生産体制構築については素材から手掛けるスキームを検討中で、手法はM&Aもしくは自社での設備投資になり、候補地は北米とインドで変わりない。製鋼立ち上げまでの期間はジャティムからの素材供給も考える。精密ばね事業は今期から大型案件の高機能ヒンジユニットの量産が始まり、複数年度にかけて出荷する」

――カーボンニュートラル(CN)製品は。

「広田で使用電力の100%をCO2フリー電力にする『電力のCO2フリー化』を実施して、重油とガス使用分を除く約90%削減に成功し、ほぼグリーンの特殊合金粉末を実現した。100%グリーン粉末については顧客ニーズを掌握しながら、対応を検討する。特殊鋼鋼材事業は13年度比で30年度までに総排出量での30%削減に注力している。室蘭コンビナートにおけるCO2フリー電力購入を主体として削減を進めたい」

――職場環境の改善にも取り組んでいる。

「エンゲージメントサーベイを行った結果、想定よりも数値が低く、職場環境のさらなる改善、福利厚生の充実、コミュニケーション強化などが必要不可欠であることが判明し、対策を講じていきたい。賃上げも重要。労働組合からの要求額2万3000円に対し、満額回答した。過去最高の賃金改善となっている。優秀な人材を採用し続けるためにも継続的に賃上げを行わなければならない」(濱坂浩司)

スポンサーリンク