――総合素材グループと化学ソリューショングループを統合し、4月にマテリアルソリューショングループを立ち上げた狙いとグループを率いる抱負を。
「素材を担当するマテリアルソリューショングループのミッションとして素材産業の競争力強化と低・脱炭素化に貢献したいと考えている。鉄鋼製品や化学、炭素製品など従来はそれぞれの事業戦略に基づいて展開してきたが、今後は商品を軸とした考え方を捨て、当社が果たしていく機能や役割、ビジネスモデルに基づいたグループならではの戦略を立ててグループ一体で運営していく。グループの本社社員は約700人。三菱商事の本社社員約5400人の中で多くを占め、8つのグループの中で2番目に大きな所帯となる。様々なキャリア、バックグラウンドを持つ社員がおり、近年はキャリア採用も増えている。マテリアルソリューショングループは5つの本部を持つがしっかりと融合し、事業を発展させていきたい」
――全社の中でのグループの位置付けを。
「鉄鋼を筆頭に『素材産業は基幹産業』と三菱商事の中で位置付けている。素材産業の競争力向上や低・脱炭素化に最大限貢献することを考え、最適な組織を追求した。中期経営戦略2024年(22―24年度)で『MCSV(MC・Shared・Value、共創価値)』を掲げ、複数の営業グループが新たな価値を共に創る取り組みを進めている。産業課題も複雑になり、最早一つの業界だけでは解決できなくなってきている。鉄鋼の低・脱炭素に向けた水素還元製鉄についても競争力のある水素や電力の供給、電炉に使用される電極の調達などが必要であり、鉄鋼業界だけでは解決できない。複数の営業グループが共創しながら一つの産業課題に対処していく。素材産業のテーマの中でもMCSVを創出していく」
――具体的にどのように融合し、シナジーを追求していくのか。
「19年に総合素材グループが金属と化学品、エネルギー事業、生活産業の4つの部門の集合体としてスタートし、意識的に大胆な人事ローテーションを行った結果、5年間で6割の社員が本来所属の営業グループとは別の業務に携わり、経験を積むことができた。今回マテリアルソリューショングループには化学が加わり、より大きな範囲で人事ローテーションを回していく。23年4月に東洋紡との合弁会社を設立したが、化学所属の社員が見えていなかった価値に鉄鋼製品所属の社員が気づくなど一つの事業に対し、別の角度から光を当てることができる。いろいろなバックグランドを持つ社員が一つの組織に存在するのは非常に価値があり、既存や新規の事業に対し新たな光を当てる、そういう集団にしていく。23年度の総合素材グループの連結純利益は644億円、化学ソリューショングループは95億円でマテリアルソリューショングループの利益は約740億円の規模となる。グループが管轄する事業会社は孫会社を除いても約60社程度あり、これからシナジーを発揮し、さらに利益を伸ばしていきたいと考えている」
――5本部のうち、まず鉄鋼製品本部が担う機能とは。
「事業会社のメタルワンの企業価値をいかに向上させるかが本部の最大のミッションだ。現在のメタルワン単体社員数の約8割が03年のメタルワン発足以降に入社した社員であり、この20年の間にメタルワンとしてのアイデンティティーが築かれた。これからは次の20年に向けてどのような会社にしていくかが大きなテーマとなる。自動車向けのひも付きの事業などどちらかといえば国内に強い商社だったが、今後は手薄だった分野や地域にも積極的に挑戦していく。チャレンジしていく20年となり、メタルワンのモードチェンジに必要な資金や人、インテリジェンスを親会社として供給していく」
――自身が21年度に副社長、22年度に社長を務めたメタルワンの実力をどう実感しているか。
「鉄鋼流通としてのポテンシャルはもっとあると考えている。24年度はメタルワンとしても中期経営計画の最終年であり、テーマの『変革』と『成長』の仕上げの年となる。変革については八合目が見えてきたが、成長への投資はまだ不足している。これまで事業の選択と集中を行ってきた期間が長く、社員のマインドが成長投資に切り替わるには一定の時間を要する。ただ、社員は挑戦したい思いやアイデアを多く抱えており、成功事案が増えてくれば成長への取り組みは加速する。後押ししていきたい」
――成長のポイントとなる海外事業をどう拡大していくか。
「メタルワンの社長時代の22年度に北米での投資を含む中期経営計画を策定した。今のところ海外、とりわけ北米で規模感のある成長投資に出会えていないが、海外市場をより深堀りしていく。優秀な人材を北米に投入しており、いずれ花が開くと期待している。マテリアルソリューショングループとしては北米を戦略地域に位置付けて約40人が駐在し、セメントや樹脂建材、化学品のトレードなどを手掛けている。メタルワンも長年、北米で薄板加工のコイルプラスなど事業を行っている。グループの各事業を融合させ、シナジーを発揮し、自動車やインフラ、建材など共通した需要分野の中で新しいビジネスを作っていきたいと考えている」
――もう一つの成長市場のインドで事業戦略をどう進める。
「地政学リスクの中でインドの重要性が増している。鉄鋼分野ではマルチスズキ向けのサービスセンターの事業や建設機械向けの厚板加工事業を展開している。今後は拡大する電磁鋼板の需要に対応するためにサービスセンターを高度化していくことになる。戦略的に注力していく地域であり、より高い付加価値を確保できる事業へとシフトしていく」
――カーボンニュートラルに関する事業への取り組みは。
「グリーン鋼材についてどのように価値を付加し、市場に提供していくか。お客様が価値を認め、正当な対価をいただきながら流通させることが重要になる。化学品ではいろいろな取り組みを始めている。輸送燃料や発電燃料など公共性の高い製品は政府がルール作りを進めるが、素材に関しては環境意識の高いブランドオーナーの自発的なコミットメントにゆだねるところが多い。CO2排出量の削減目標をコミットする企業に対し、我々は素材のグリーン化で貢献しようと考えている」
――鉄鋼業のCN実現に向けて重要な冷鉄源の事業をどう考えるか。
「冷鉄源は大事な資源だ。鉄スクラップはエムエム建材がトレードを行っているが、事業投資含めて市場を捉えていく。還元鉄は鉄鉱石を扱う金属資源グループで手掛けているが、還元に必要なガスは地球環境エネルギーグループが扱っている。冷鉄源と還元鉄の事業をエネルギーも含めまさにMCSVとして複層的に議論していく」
――炭素・セラミックス本部の戦略を。
「電炉向けの電極やリチウムイオン電池の負極材の原料となる炭素を扱っている。世の中の電化に資する素材だ。セメントや生コンについては米カリフォルニアで事業を行っており、ロスアンゼルスやサンディエゴの生コンの市場で高いシェアを持つ。地産地消型のビジネスモデルであり、鉄鋼製品など他素材を絡めることができればおもしろいと考えている。米国で粗鋼シェアの高い電炉は地産地消型のビジネスだが、生コンも90分で固まるなど地産地消型のビジネスであり、鉄鋼業の電炉化とフェーズが合っている。渋滞の多いロスアンゼルスではコンクリートを運ぶミキサー車をGPSで管理するなどデジタルの力で競争優位性を発揮しており、デジタルの力を使った既存事業の強化や新規事業の立ち上げにも取り組んでいく。豪州では当社100%出資の砂の鉱山で年300万トンほどを生産し、自動車や建築のガラスに使用され、足元は太陽光パネル向けに伸びている。様々に手掛ける事業をクロスさせ、相乗効果を得られるよう強化していきたい」
――機能素材本部、新規事業開発本部、グローバルマーケティング本部でも新たな取り組みを始める。
「機能素材本部は化学系の事業投資、事業開発を行い、半導体も扱っている。当社は一時、半導体から撤退していたが、半導体に使われる素材の事業は継続し、アップルやインテルなどとのネットワークを維持している。日米が半導体のサプライチェーンを再構築しようとしているが、日本は半導体の素材メーカーが強く、当社として素材のグループが半導体にどう関与できるか、昨年からスタディを始めていた。インテリジェンスを強化し、少額出資でインサイダーとなり、よりよい仕組みを築こうとしている。新規事業開発本部は産業素材DXなど新たなシステム作りを進めており、まさに新規の事業を開発している。化学ソリューショングループの中にあった環境素材事業部を本部に移し、ブランドオーナーの低・脱炭素化を支援している」
「グローバルマーケティング本部は化学品のトレーディングを行っている。日本の化学業界は大手メーカーや商社などプレーヤーが多いが足元状況が変わり、中国勢や中東勢の影響を受け、合従連衡の必要が高まっている。新たなステージに移ろうとしており、当社としても変化する市場への対応に貢献していきたい」
――他のグループとの連携は。
「中期経営計画のこの2年を振り返ると、情報の共有化やあるテーマでタスクフォースを組むなど価値の共有は進んだ。今後のテーマはクリエーションであり、シェアした価値で何を築き上げるかが重要になっている。MCSVの創出を前進させる。8つのグループがあるが1つのグループで完結するものはなく、4-5つのグループが共同で人と知恵を出し合って取り組んでいる。固定化せず、常に世の中の変化に対応し、リソースの投入先について洗い替えをし、組織も変えていくのが総合商社だと思っている」(植木 美知也)