2024年3月5日

財務・経営戦略を聞く/日本製鉄副社長/森高弘氏/内外施策効果で高収益持続/USS買収、労組と一致点見出す

――2023年度の在庫評価差等除く実力ベースの連結事業利益8900億円と過去最高を予想する背景を。うち最大の本体国内製鉄事業が粗鋼生産が減る中で3550億円と前年比1330億円増え、高水準となる。

「これまでの製造・販売面での構造改革に加え、安定生産、安定操業によってコストが下がっていることも大きい。一定量の輸出を行っている中でもマージンは前年に比べ600億円改善する。マージンの改善は製品価格決定後の原料価格変動という価格反映の時期ずれの差も効いているが、電磁鋼板の能力増強効果など注文構成の高度化効果も含まれている。粗鋼生産が低い中で利益を確保できており、体質を強化した努力が実ったものと考えている」

――コスト削減や成長投資など多くの施策による収益効果を得て長期ビジョンの連結事業利益1兆円に早期にとどくのでは。

「中長期経営計画(21―25年度)の中で生産設備構造対策の効果1500億円を予定し、これまで1000億円の効果を上げた。24年度は100億円だが25年度に400億円を見込む。電磁鋼板の能力増強投資を続け、23年度上期の八幡と広畑に続いて、24年度上期に広畑、27年度上期に八幡・阪神(堺)で、それぞれ能力増強対策がフル効果を発揮する。名古屋の次世代型熱延ミルは26年度第1四半期に稼働する。USスチールの買収は来年度の楽しみとなるが、24年(暦年)第2四半期(4―6月)もしくは第3四半期(7-9月)までにクローズ(買収成立)する予定。USスチールの24年の収益は償却負担が大きいためにさほど高くないが、25年は通常レベルに戻るとみている。AM/NSインディアは西部のハジラ製鉄所の拡張工事を進め、能力増強の効果が25―26年に得られる。カナダの炭鉱資源への出資を完了し、今年度と同レベルの石炭市況を前提とすれば年800億円ほどの利益が加わる。子会社化した日鉄物産とのシナジーを上げていく。これらの効果だけを単純に足し合わせると連結事業利益が1兆円も視野に入ってくるが、24年度は施策効果の端境期であり、市場環境が引き続き低調なことからこの数年間で最も厳しい年になるとみている」

――24年度の需要や鋼材市況について現時点での見通しを。

「23年度下期の厳しい状況が続くとみざるを得ず、24年度の国内需要は今年度の横ばい、単独粗鋼生産も3500万トン程度と今年度並みを想定している。自動車生産は増える予想だが他の製造業は造船や建機・産機など低調に推移し、建設は大型物件が予定通り進むが中小は人手不足や資材高によって厳しい状況は変わらないだろう。鉄鉱石の価格は中国の高水準の粗鋼生産が継続し、原料炭価格はインドの成長が続くことからいずれも高位にとどまり、原料価格と鋼材価格のデカップリングが続く見込みだ。アジアの鉄鋼業は今の鋼材市況とスプレッドでは事業が継続できず、スプレッドは少し回復するだろうが、慎重にみている」

――24年度の利益水準の考え方は。

「連結事業利益は23年度下期の利益の2倍の7800億円程度が出発点となる。23年度予想の8000億円を超えるよう努力するが、投資効果の端境期ということで簡単ではない。それでも海外の鉄鋼大手に比べ利益水準は高く、その後施策効果も出てくる。改革や成長の手がうまく進んでいると考えている。一方で物価高などを背景に賃金の引上げを行い、社員の活躍推進に資する取り組みを行っていく。加えて物流費含めコストは上がる。いずれも不可避なコストであり、サプライチェーン全体で支えていくためにお客さまと引き続き対話を重ね、販売価格に転嫁し、適正なマージンを維持していく。コスト増という点では多くの投資を行っているため、償却費も増加が見込まれる」

――USスチール買収に向けて。最重要のポイントは全米鉄鋼労働組合(USW)の理解を得ることのようだが。

「買収によってUSスチールが強くなり、全てのステークホルダーにとってプラスになる。当社による買収は良い案件と経済界を中心に米国でも言われている。ご指摘の通り、USWが反対しており、それを受けて様々な政治面での反対の声もあがっている。まずはUSWとテーブルにつき、よく話をして一致点を見出していく。そうすれば自ずと、当社案がベストであることについて関係者の理解が進むと考えている。USスチールの株主総会での決議が必要だが、プレミアムが高く、株主の支持は得られるものと期待している。他の関係当局の審査はクリアできると考えており、一つ一つ解決していけばクローズできる」

――USWにどう理解を求めていくのか。

「当社はUSWに対し、USWとの労働協約(CBA)の承継に関するレターを送付しており、その中でUSWがCBA対象拠点の交渉代表であると認めること、当社はUSスチールに既存CBAの義務を履行させる意思と資金力を有することおよび当社が既存CBAの義務を引き受けることをコミットしている。特に3点目は組合員への利益配分(プロフィットシェアリング)やベースアップなどCBAの遵守について財務的な保証をするものであり、当社はUSスチールより財務が健全であると説明している。こうした点を含め、どの企業に買収してもらうのが組合にとってベストかを考えてもらう。一方、米国のクリーブランドクリフスがUSスチールを買収した場合は独禁法に関わり、独禁法の問題解消措置として生産能力を落とし、合理化する必要が生ずる可能性があるとの指摘もあるが、当社はディールに基づく合理化はしないと説明している。USWが冷静に考えれば一致点は見出せると考えている。今は書面でUSWからの質問や疑問に対し返答している状況だが、テーブルにつき、座ってじっくり話をし、どういう折り合いの仕方があるか協議したい。その席を近々設けたいと思っている」

――USスチールが持つ生産設備や市場シェアに加え、鉄鉱石資源も優良な資産だがグループにどう還元していくのか。

「USスチールが持つ鉄鉱石鉱山はコストが低く、ペレット用として優れた性質を持つ。投資すればペレットを製造でき、直接還元鉄にも利用できる。非常に魅力的だが資源はUSスチールで使用していく。優良な資源を海外に持ち出すことはサステナブルではない。それぞれの国で成長を図ることが大事であり、米国ではUSスチールの事業の強化に尽くす。マーケットを押さえることが大事だ。USスチールが強くなることが長い目でみてグループ全体の利益につながる」

――厚みを持った事業構造への進化に向けて川上の追加の資源投資のめどは。川下流通について日鉄物産とのシナジーは。

「資源投資についてはよい案件があれば投資する。今のところ特に急ぐ案件はないが、他に資源獲得に動く国もあり、きちんと確保していく必要がある。日鉄物産については商社機能を生かし、サプライチェーンの強みを発揮していく。3つの柱(商社機能のグループでの効率化・強化、営業ノウハウ・インフラを一体活用した直接営業力強化、サプライチェーンのさらなる高度化)をどう具体化していくか、関係者が知恵を集めて取り組んでいる。国内やメキシコで電磁鋼板に対応する加工センターを建設するなどすでに多くの施策に取り組んでいる。米国については他の日系商社が加工拠点を多く構え、すでに強い基盤を持っている。各日系商社と連携してマーケットシェアを高めることができるのも当社によるUSスチール買収のシナジーとなる」

――海外市況が低いために輸出を抑えるが、国内需要が低調で一定量は輸出せざるを得ない状況が続く。

「需要は国内外とも低い。輸出を継続せざるを得ない状況だが、ひも付き向けを大事にしていく。海外市況が上がれば輸出を増やすことはあるが、今のところそのような状況は望めない」

――中国と米国の経済動向が気がかりだが。

「中国は経済の減速が続く様相であり、中国の影響を直接受けるASEANは厳しい状況が続く。米国は高金利政策が続いていても経済が底堅く、利下げの観測が後退している。米国の金融当局は非常に精緻にコントロールしており、ソフトランディングのシナリオが実現できると思う」

――経済成長が著しいインドでAM/NSインディアが計画する東部の新製鉄所建設の進捗は。

「インドの鉄鋼市場は堅調を維持するだろう。拡大する需要を取り込むためにインド東部でAM/NSインディアの新製鉄所建設を計画し、現在建設地を検討している。グリーンフィールドでの建設となり、工事に時間を要するので、そろそろ場所を決める時期と考えている」(植木 美知也)

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