日本製鉄グループのシンクタンク、日鉄総研(4月1日付で日鉄テクノロジーと経営統合)では、家庭との両立に励む女性が数多く活躍している。知的財産事業部東日本知財推進部東京知的財産センター東京第一室、専門主幹(富津知的財産推進センター兼務)の熊谷宜子さんもその1人。2人の子供を育てながら働く熊谷さんに、入社の経緯や業務内容、今後の目標などについて聞いた。
――自己紹介を。
「京都大学大学院理学研究科生物科学科で植物分類学を学び、修了後、通信系インフラ企業で5年間勤務。システム構築や省庁への実証実験提案、大学知財との連携を担当しました。これらの業務がきっかけで知的財産に関する仕事がしたいと思い転職。特許事務所で6年間、実務経験を積みました」
――入社の経緯は。
「知的財産に関する業務に幅広く関わりたい、人や社会を支える技術・製品を通じて貢献したいと思っていて。鉄は用途が非常に広く技術分野も多岐にわたるので、日本製鉄の知的財産業務を行う日鉄総研に魅力を感じ2015年に入社しました。第1子が当時0歳だったのですが、子育て中でも働きやすい雰囲気を感じ転職に特に不安はなかったです」
――鉄に興味が。
「鉄は自動車、建設、鉄道、家電、エネルギー輸送など社会を支えるさまざまな分野で用いられていますよね。研究開発の内容も用途ごとに異なります。研究開発の成果を社会で活用可能とする知的財産業務に携われば、社会に大きく貢献できるのではと思いました」
――現在の業務は。
「入社時から主に特許出願業務を担当しています。国内への特許出願の場合、研究開発者の方々へのヒアリングを通じて発明を発掘、特徴を明確にします。外国への特許出願の場合は、権利化したい国に応じて対応策を検討。必要な技術書面を練り上げ、各国の技術審査に対し応答します」
――やりがいを。
「研究開発者へのヒアリング中に発明の技術的特長を見出すことができた時、発明が特許として形作られていく時、とても面白くやりがいのある仕事だと実感しますね。社内業務以外だと、22年に日本知的財産協会(JIPA)の国際第三委員会で副委員長に就任。外国における特許の調査研究と対外活動を行いました。他社の知財部の方々と協力し合い、外国特許庁長官との意見交換や知財管理誌への投稿など、通常なら体験できないことの連続で印象的でした」
――業界で独特だと感じることは。
「業界に限ったことではありませんが、女性社員は積極的に採用されつつも『特別な対応や配慮が必要な存在』という前提で捉えられているように感じました。出張や異動、一定以上の職位への昇進など、さまざまな面で女性は対象外とされがちな空気があったような。ひと昔前まで女性社員のほとんどがサポート業務をしていた会社なら仕方ない側面かもしれません。でも今は、共働きの若手男性や介護を抱える年配の方々が増加。お互いに多様な働き方を尊重し、性別や世代に関係なく同じ基準で見られる雰囲気になってきました。ただ変化を起こすことを業界任せにせず、今後も社員それぞれが声を上げ自ら風土を変えていく必要があると思います」
――子育て中だ。
「小4と小2の子どもがいて、ともに特別支援教室(通級)に通っています。わが家の場合は、通常よりも多い保護者面談や療育機関への送迎、支援センターでの定期相談があり、保護者の稼働が多くなりがち。私たちに限らず支援が必要な子を持つ場合、保護者が拘束される時間が長く、就学後まで長く続くケースもあります。現状の日本の福祉制度は子供に支援が必要な場合を想定していません。支援の必要性や程度によって保護者の片方が退職したり、働き方を変えたりしなくてはならないのが現状です」
――会社の対応は。
「事情を上司に伝えたところ、事業部長や総務が対応を考えてくれ、勤務中の中抜け制度をテスト導入してくれました。おかげで働き方を変えることなくキャリアアップや業務範囲の拡張、後進の育成に挑戦できています」
――家庭との両立は。
「仕事と家庭を『両立』という観点で考えたことはありません。どちらも自分の人生には必須かつ当たり前な存在。どちらかが欠けることは考えられないからです。今後歳を重ねても、全く異なる両方をいずれも楽しみながら人生を満喫したいですね」
――業界に女性が増えてほしいか。
「私個人としては増えてほしいです。鉄の世界は世間一般のイメージ以上に業務内容が多岐にわたり、非常に面白い分野。働く先の選択肢として純粋に魅力的です。自分たちが携わった製品が世界中で使われ、多くの人の生活を支えている。イメージで避けず、性別やバックグラウンド問わず多くの方に来てほしいですね」
――今後、業界にどう変わってほしいか。
「さまざまな専門性を有する人材の確保と長期育成、定着が非常に重要です。鉄鋼メーカーの総合職でキャリアを伸ばす場合、製鉄所など各地への転勤が多いのではないでしょうか。若い世代は共働き世帯が多いので、人材確保・定着のために、個人のキャリアと生活の双方に配慮した対応がなされることを願います」
――今後の目標を。
「知財業務に従事して15年近くなりますが、『知財業務の幅を広げたい』という思いは変わりません。今後も新たな業務にチャレンジし、自分自身のキャリアを伸ばしていきたいです」
(芦田 彩)
鉄鋼業界で活躍する女性をはじめとした多様な人材、未来を担う人材を、随時紹介していきます。