2023年6月28日

鉄鋼新経営 新たな成長に向けて/三菱製鋼社長/山口 淳氏/特殊鋼・ばねで稼ぐ力強化/ジャティム半製品、室蘭と連携

――社長就任(2022年6月24日付)からの1年を振り返って。

「生産混乱で損益が悪化した北米ばね子会社・MSSCの再建に奔走した1年になり、損益改善を最優先した結果、ばね事業は23年1―3月期で黒字に転換することができた。特殊鋼鋼材事業は原材料価格やエネルギー価格の高騰などを背景に、顧客の理解を得ながら販売価格を引き上げたほか、インドネシア電炉子会社・ジャティムの出資比率を引き上げて財務健全化を実現している。23年度から始動した『2023新中期経営計画』へと進む対策を講じることができた」

――足元の事業環境は。

「主力の建設機械業界は、北米を中心に中型建機で需要減がみられるものの、マイニングなど大型建機は堅調を維持している。ただ、機種によって部品調達難が継続しており、日本では生産調整も行われている。自動車業界は国内の需要が回復しているものの、北米では当社の主力向け先である大型車の生産回復が遅く、中国でも回復が遅れている。素形材はMSMタイでターボ関連の精密鋳造品を手掛けているが、低迷が続いている。一方で、バルブシートなど自動車エンジン関連用特殊合金粉末は受注数量が比較的戻ってきている」

――前期連結決算(23年3月期)と、前中期経営計画をどのように評価しているか。

「前期について前中計で掲げていた売上目標は達成できたものの、営業利益70億円は未達となり、定量面ではおおいに不満がある。前中計の3大方針である『海外事業の構造改革』『製品力のさらなる強化』『素材から一貫生産ビジネスモデルの拡大』は概ね計画どおりに終えた。最大の課題であった赤字海外事業において、ジャティムの再建は完了し、北米ばね事業も損益が改善して、ばね事業は6期ぶりに黒字化のめどが立っている。ただ、コロナ禍やロシア・ウクライナ情勢などで各施策の実現時期がずれ込んだことで、財務健全化が課題として残った。また、洋上風力関連など新規事業を開花させること、特殊鋼鋼材事業とばね事業で稼ぐ力をより強化すること、現行0・4倍のPBR(株価純資産倍率)を1倍以上にすることなどが次のテーマになっている」

――スタートした『2023新中期経営計画』は、30年度でのありたい姿の実現に向けた『通過点』『次なる飛躍への助走』に位置付けている。

「中長期的な企業価値向上を目指し、『30年のありたい姿』をまず描いた上で、そこからバックキャストして3年間の新中計の基本方針を『稼ぐ力の強化』『戦略事業の育成』『人材への投資』『サステナビリティ経営』とした。ありたい姿については30歳代後半から40歳代前半の次世代リーダーとなる中堅社員の意見を広く取り入れた。また、外部コンサルタントの評価も踏まえた上で策定している。キャッチフレーズ『人を活かし、技術を活かし、時代の波に乗り続ける企業でありたい』は中堅社員が中心となって考えたもの。人材を育成し、社員のチャレンジ精神を仕事に反映させられるような『人を活かす職場環境づくり』などに取り組む」

――『30年のありたい姿』では、基盤事業の強化と、6つの戦略事業(ジャティムを主体とする海外鋼材、商用車用板ばね、特殊合金粉末、洋上風力関連、精密部品、新規事業)の育成に取り組む。

「国内鋼材と自動車ばね、スタビライザーの既存の基盤事業は販売量よりも質を追い求めて、顧客満足度を一段と高めながら、マージン拡大と製造コスト削減で稼ぐ力を徹底して追求する。成長が期待できる6分野を戦略事業として選び、積極的に投資して育成を進める。戦略事業は既存技術の延長線上にある事業が多く、長年培った技術やノウハウを活かし、成長できる分野であると確信している」

――8年間で合計750億円(成長戦略投資450億円、合理化・老朽更新投資300億円)を予定する。

「財務健全化を図ることもあり、営業キャッシュフローの範囲内にとどめた。この範囲内で成長事業に投じる。検討している日本、インドネシアに次ぐ第3の鋼材拠点の設置、ガスアトマイズ工法による金属粉末の後工程への参入などは新規で立ち上げる場合、大きなコストと長い期間を必要とする。スピード感を高めるためにも自己資本だけでなく、M&Aやマイナー出資による事業拡大も視野に入れていきたい」

――ジャティムの方針を。

「グローバルリスクを回避することなどを目的として需要家の現地調達化が進んでおり、建設機械や自動車など日系メーカーでジャティム製品のアプルーバル(品質認証)取得が進展している。旺盛な内需を受けて、生産体制を増強した。それでも需要家の声に応え切れておらず、機会損失が発生している。ニーズのさらなる捕捉を目指し、まずは生産ボトルネックを解消するため、丸鋼精整工程の能力拡大投資を検討しており、実行後は精整能力が月間2000―3000トン、年間約3万トンアップする。投資金額は数億円を計画し、上期中に決定したい。三菱製鋼室蘭特殊鋼(MSR)とは半製品や製品の相互供給など、さらなる連携を模索したい。例えば、ジャティムの半製品をMSRで圧延するといったケースが想定される」

「ジャティムの上工程(電気炉)増強は石炭火力発電が主体の同国の電力事情や、グリーン鋼材供給のタイミングなどを考慮し、考えていきたい。北米やインドを候補地とする第3の鋼材拠点設置は現中計内で検討する」

――ばね事業はどのように進めるか。

「需要家のグローバル調達に対する方針が変わり、ばねは生産効率や収益、需要家への最適供給の観点から現行体制を見直す。北米・MSSCは生産混乱解消に目途が立ったため、一時的に再稼働していた米国工場のカナダ工場への集約を進める。北米ばね事業は材料調達や操業の安定化を図り、高水準の利益を継続的に確保する。また、素材から商用車用板ばねまでの一貫生産をインドネシアで現地企業と組み、手掛けているが、今後は第3の鋼材拠点設置と連動する形で、インドネシア以外の国へ板ばね一貫生産モデルの展開も検討する」

――素形材事業は。

「EV関連の特殊合金粉末は引き合いが急増している。今期中もしくは来期初めには広田工場で増産投資を実施し、国内外での新工場設置も検討する」

――カーボンニュートラル(CN)鋼材、CNばね、CN特殊合金粉末のマーケット投入についてはどうか。

「CN鋼材はMSRが高炉溶銑を使用しており、ジャティムは使っている電力が石炭火力発電メインで、インドネシアではグリーン電力に対する方針が打ち出されていない。両子会社ともに情勢をうかがいながら、まずは自社で取り組むことが可能なエネルギー原単位向上によるCO2排出量削減を進める。ばねを手掛ける千葉製作所と、特殊合金粉末を製造する広田製作所の電力はすべて再生可能エネルギー由来の電力を購入しており、すでにCN製品を手掛ける。電力購入コストが5%前後上がっているため、販売価格に上乗せするなど、CN製品の価値をしっかり認めてもらう必要がある」

――DX(デジタルトランスフォーメーション)、IoT(モノのインターネット)導入の計画を。

「分塊圧延機の自動運転など工場のDX化は着実に進めているが、営業支援システムへの展開は遅れており、顧客満足度を向上させるため、見積り提示期間短縮化や電子データ取引を早期実現するよう発破をかけているところだ。商社やIT企業で提供しているツールの採用も考えていく」

――3年間で5億円を人材投資で増額する。

「22年に各事業所でタウンホールミーティングを行い、若手社員と意見交換を行った。待遇や福利厚生などの点で要望が多く出され、人材への投資は会社経営の『一丁目一番地』であることを痛感している。業績低迷時期が長かったこともあり、社員には我慢を強いる機会が多かったが、これからは人を活かす職場づくり、仕掛けづくりに注力すると同時に、女性がより活躍することができる社内体制を整備する」(濱坂浩司)

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