平鋼トップメーカー、王子製鉄(本社=東京都中央区)は、4月1日付で貴戸信治副社長が社長に昇格、就任した。抱負などを聞いた。
――就任の抱負から。
「当社は理化学研究所から分離・独立した際の最先端技術に挑戦する精神を諸先輩が実践してきたことで、平鋼業界で一定の地位を確保している。ただ、近年は平鋼の市場規模が縮減し、このままでは目標に掲げる『電気炉メーカーとして製造実力ナンバーワンに挑戦し続け、社会から必要とされる100年企業』の実現が厳しいと認識しており、新たな取り組みを講じていく必要がある。社員全員が自らバッターボックスに入り、バットを振っていく『Swing the Bat』の風土を作る。ヒットやホームランを打てなかったとしても、『なぜ打てないのか?』『次はどうすればいいのか?』を考えて対応できる集団にすることで、より強い企業にしていきたい」
「企業活動とは地域社会、需要家をはじめ、従業員とその家族に常に価値を提供するもの。常に変化を求め、実行していかないといずれ淘汰され、企業が無くなれば何も提供できなくなる。普通鋼だけを見る『井の中の蛙』にならず、もっと広い視野で物事を捉えていくことができる会社にしていきたいと考えている」
――22年6月から約1年、副社長として経営に携わった。王子製鉄の印象はどうか。
「新日本製鉄(現・日本製鉄)時代に縁があって見学した経験があり、優れた工場であるとの印象が残っていた。副社長に就任後は工場を中心に隅々まで見て回り、強みである品質・デリバリー・現場力を再び実感させられた。オペレーターは操業だけでなく修繕も手掛けており、設備を熟知していることから、品質に対する意識も高い。さらに営業と出荷、顧客との連携によるデリバリー力の高さに改めて感心している」
――国内平鋼市場の現状認識と将来予測を。
「22年度の国内普通鋼平鋼需要は月間ベースで5万5000トンになる見込みで、前年度比で4000トン、6%のマイナスとみている。かつて10万トン以上となっていた内需はリーマン・ショックを機に減り、13年度には関東の平鋼専業メーカー2社が操業停止に追い込まれた。以降は7万トン程度で推移したが、新型コロナウイルスの影響で20年度は6万トン割れ、22年度はさらに落ち込んでおり、取り巻く環境は悪化している。建築の大型化で厚板切板が主体となり、中小建築工事計画の見直し・延期・中止の影響も大きいとみている。23年度以降はロシアのウクライナ侵攻や中国の景気鈍化など世界的な地政学リスクが大きくなる可能性や、インフレや利上げなどマクロ環境は厳しい。平鋼も建築分野におけるボリュームゾーンの中小建築案件に勢いはなく、低迷が長引いている。ただコロナ規制の緩和、製造業の国内回帰に向けた動きや、カーボンニュートラル(CN)の進展に伴う電炉材の採用拡大が期待できるため、需要は徐々に回復し、将来的にはコロナ前の水準に戻るとみている」
――22年度の販売、収益の見通しはどうか。
「当社の販売量は月間2万7000トンで前年度比1500トン、6%の減少を見込む。内需の動きと同じトレンドで大幅な減少になるだろう。22年度は上期の鉄スクラップ高騰を受けて、顧客の理解を得ながら販売価格への転嫁を行ってきたが、エネルギーコストや資機材価格の高騰分はすべてを反映できていない。高品質製品の安定供給を継続するためにも、再生産可能な水準まで販価を引き上げなければならない」
――群馬工場(群馬県太田市)では製造実力世界ナンバーワンの電炉メーカーの実現や、一貫力強化などに取り組んでいる。
「20年に更新した多段式炉頂予熱装置(MSPシステム)を有する電気炉の炉に装入する前に鉄スクラップを予熱できる効果を最大限に生かしつつ、電気炉と連続鋳造設備(CC)の操業をマッチングさせることで、取鍋精錬炉(LF)での調整時間をミニマイズし、電力使用量を極力抑えていく。また、600サイズを手掛けながら製鋼―圧延直送圧延率(HR率)を最大化することで、燃料原単位低減など既存の製造プロセスにおける徹底した省エネルギーや生産効率化を図っている。直送圧延率向上を目的に、24年初めには第二圧延工場の粗圧延機更新で3台から4台に増強し、モーターもリプレースする。第二圧延工場でロールの交換が不要になるカリバーレス圧延の範囲を拡大し、さらなる圧延の効率化を狙う。当社の強みである品質強化の一環として、圧延・剪断した後の寸法・疵検査のオンライン化も進め、省エネや品質、デリバリー力で製造実力世界ナンバーワンを目指していきたい。また、当社ホームページにも掲載している独自のWEB発注システム『e―Net』について、全販売量に占める活用割合は現時点で約85%。注文から製造、出荷までのプロセスでミスを防ぐこと、業務効率化の観点からも23年内には100%に引き上げる。鋼材流通やひも付き需要家などの顧客と、当社との間でデータを共有化し、顧客が必要な鋼材を互いに判断できるようにすることで注文精度を高め、必要な製品をタイムリーに納入できる仕組みを構築することによって、不要在庫の削減にも繋げていく」
――既存製品の高度化をはじめ、新サイズ・新形状の開発状況を。
「当社は安定生産や高品質を堅持しながら、月間600サイズを30日のロールサイクルで回し、鋼材流通との協業によるきめ細かい配送網との組み合わせで、ジャストインに供給できる体制を整えている。今後はオンラインでの品質保証や受注システムの高度化を生かすことによって、顧客にとって信頼ある鋼材を供給していきたい。また異形平鋼や特殊鋼、グリーンスチールにも注力する。異形平鋼は需要家との技術協議で新製品開発を進めており、着実に成果が出ている。特殊鋼はさらなる高度化を目指し、操業改善に取り組む。グリーンスチールについてはCNに向けた動きが加速していることから、電炉鋼材が注目されて問い合わせが増え始めている。当社平鋼の特色を含めてプレゼンテーションしており、需要拡大に繋げる。求められる製品を追求して信頼を高めることによって、過度な価格競争を回避しながら、総合的に価値を創出し、受注拡大に向けて鋼材流通各社と製販一体となった取り組みを進める」
――CN実現に向けた施策はどうか。
「基準年に定める13年度に対して、CO2削減目標は25年度で30%減とし、当初目標の30年度から5年前倒しでの達成を目指す。群馬工場での省エネ化、生産効率化などの施策に加えて、太陽光発電設備の導入も拡大し、エネルギー使用の見える化を含めたエネルギーマネジメントシステムを早期に開発する」
――働き方改革への対応、人材育成など社内体制整備については。
「経営課題の中で最も重要なテーマ。働き方改革への対応は21年4月から日曜から木曜までの昼夜連続操業への移行を順調に進め、金・土曜を固定休化とし、夜間と休日に働く勤務形態から脱却した。また65歳への定年延長や、育児や介護、健康増進に重点を置いた福利厚生施策を採り入れ、社員が誇りを持って働くことができる環境作りを着実に進めている。『現場力』のさらなる強化に向けた人材育成として、『上司力強化』とともに、現場や若手スタッフが材料の基礎を学び、自ら考えて、後輩に伝承する仕組みを作る。この教材を現在作成している」
――群馬工場におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)などの取り組みを。
「製品の寸法や疵の確認については現在、従業員に全数検査の負担を強いているが、オンラインで幅・厚みの寸法測定や疵画像判定が可能になる技術の導入を検討しており、早期に立ち上げていきたい」(濱坂浩司)
―*―*―*―*―*
▽貴戸信治(きど・しんじ)氏=89年立命館大学大学院(機械工学専攻)修士課程修了後、新日本製鉄(現・日本製鉄)入社。18年6月新日鉄住金(現・日本製鉄)執行役員棒線事業部棒線技術部長、19年4月日本製鉄執行役員棒線事業部棒線技術部長を経て、22年4月王子製鉄顧問、同6月代表取締役副社長。
新日本製鉄時代は室蘭製鉄所勤務が長く、一貫して棒線畑を歩み、多くの設備立ち上げに携わった。釜石や八幡で勤務したことも感慨深い。「室蘭の生産技術室長時代に、全社の人脈を築いたことは財産」と振り返る。同室長時代には共同でQC活動を行った王子製鉄と縁があり、ベテランスタッフとは顔なじみ。
辛いときは上杉鷹山の言葉「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」を思い、後悔しないよう全力を傾けた。ゴルフは「安定して90を切るスコア」が目標。愛車の納車を機にドライブを楽しむ。63年7月4日生まれ、大阪府出身。