金属材料の研究分野で働く外国人がいる。ステンレス大手、日本冶金工業の技術研究所に勤める韋富高(ウェイ・フガオ)さんと冀欣(ジ・シン)さんは、ともに中国出身で、日本国内の研究機関を経て入社した。ステンレス鋼やニッケル合金など日本冶金の多種多様なラインアップを支えている。研究だけでなく部長として指導もこなす韋さんと同社初の女性研究員である冀さんに話を聞いた。
――まず入社までの経緯を。
韋「私は修士課程まで中国国内の大学で学び、博士課程は東京工業大学で、その後国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)で鉄鋼材料の研究をしていました。2006年に入社し、それ以来技術研究所で研究開発をしています。今年で来日してから30年がたちました。NIMSでは水素環境下に耐えることができる金属素材の研究をしました。大学の先生から当社を紹介いただき、設備がそろっている環境に惹かれて入社を決めました」
冀「私は中国の東北大学で学び、4年生の時に日本の東北大学に交換留学生として派遣されました。金属研究で世界最先端の日本で学びたいと考え、筑波大学NIMS連携大学院へ進み修士・博士課程を取得しました。19年秋に入社し、技術研究所に配属されてちょうど3年がたったところです。NIMSではチタン合金の研究を主に行っていました。スキルを生かせるような企業で働きたいと考えていたところ、大学OBから日本冶金を紹介していただき、縁あって入社しました」
――現在の業務内容は。
韋「研究や技術支援のほか、私は管理職ですのでマネジメント業務もあります。研究は顧客が求める特性を短期間で形にする『ニーズ』と、長期的な視点に立って時間をかける『シーズ』の2つをこれまで手掛けてきました。技術支援では、当社の中国合弁会社・南鋼日邦冶金商貿へのサポートを行っています。現地では当社川崎製造所で製造できない広幅材の圧延が可能で、高機能材では世界最大の板幅を実現しています。世界一の広幅はもちろん、品質や特性も世界一優れたものを目指して研究しています」
冀「上司の韋部長の下、今は新合金材料の開発を行っています。韋さんの言う『ニーズ』研究です。顧客の要求する特性をクリアできるように何回もトライし、試行錯誤を重ねてお客さまが満足できるような合金の開発を行います。企業の研究は大学などの研究機関と異なり、具体的な目標やゴール設定があるほか、せっかく研究しても現場から『製造が難しい』と言われることもある非常に厳しい世界です。先日、お客さまに材料を評価いただいた際には、その努力が実りうれしい気持ちになりました」
――なぜ海外で、日本で働こうとしたのか。
韋「私は研究の最先端だった欧米や日本で学ぼうと思っていました。長く日本で働くことができているのは、自分のやりたい仕事ができ、設備や人も整っていることが大きいです。これに加えて中国では公私の時間をしっかりと分けるという概念が日本ほど浸透していないようで、日本の方が休むべき時はしっかり休むという考え方が根付いている点も魅力ですね」
冀「企業における研究のレベルも高いです。中国との比較になりますが、日本の企業の方が研究のレベルが複雑かつ難易度が高いようです。技術研究所において現在の女性研究員は私を含めて3人のみですが、当社は女性が働きやすい環境の整備をソフト・ハードの両面で進めているので、安心して働くことができます」
――最後に、今後の目標を。
韋「カーボンニュートラルが進み、水素環境に使える材料の開発に力を入れたい。水素社会という世の中の大きな流れに個人、技術研究所、そして会社としてどのように貢献できるのかが問われていると考えています。水素関連の研究は、世界でも群を抜いて進んでいる国がないとされ、世界一を目指す余地があります。当社の製品はバリエーションの豊かさに裏打ちされた、さまざまな環境にあった材料を選択することができる点が持ち味。お客さまが求める環境に適した製品を提供し、安心安全に水素を利用できるような研究開発を進めたいです」
冀「研究者としてはまだ駆け出しなので、当社の研究に貢献できるよう腕を磨きたいです。製造現場に関する知識や、当社が製造する多種多様な鋼種の特性や用途もしっかりと身に着けたい。実用性ある製品を私が開発し、量産されて社会を支える素材になることを楽しみにしています」
(北村 康平)
鉄鋼業界で活躍する女性をはじめとした多様な人材、未来を担う人材を、随時紹介していきます。