今夏、東京オリンピック・パラリンピックに日本が沸いた。同時に多くの選手が引退を表明し、アスリートの第二の人生が社会で注目された。神戸製鋼所の機械機事業部門では、エネルギー・化学機械営業部回転機室に所属する菊池和気(わく)さんが、2013年にラグビー選手を引退後、営業職として海外の取引先との交渉などを行っている。働くことへの考えや苦労、今後の展望を聞いた。
――神戸製鋼コベルコスティーラーズ(現コベルコ神戸スティーラーズ)に所属していたと伺いました。
「08―13年の5年間所属していました。主なポジションはセンター、スタンドオフ(CTB、SO)です。以前はサントリー食品インターナショナルのラグビー部で3年間活動していたのですが、もっとラグビーに比重を多く置きたい、1部リーグで活躍したいという気持ちがあり、神戸製鋼所に中途採用で入社しました。午前は神戸製鉄所(現神戸線条工場)の経理室で働き、午後は練習という日々を過ごし、3年目の時に膝を負傷。リハビリも行いましたが30歳で引退し、同年6月、現在の部署に配属されました」
――アスリートから営業職へ転身した。
「30歳でゼロからのスタートです。これまではラグビーがあったので、就業時間全てを業務に専念するのも初めてでした。周囲から即戦力として期待される一方で、営業職にも商品にも慣れるのに時間がかかり、最初の1―2年は周囲にこの先やっていけるのかとご心配をお掛けしました。ラグビーのように仕事でも熱くなれるのだろうかとも悩みました」
――引退後の業務内容を。
「非はん用圧縮機の国内外に向けた営業を行っています。各種ガスや空気を圧縮するもので、石油化学プラントや石油精製、発電所、製鉄所などさまざまな場所で使用されています。はん用品と違い、流量や圧力、温度条件といったお客さまの要求仕様に合わせ、一品一葉な見積もり提案をします。神戸製鋼所はレシプロ、スクリュー、ターボと代表的な3種類の圧縮機を同一工場で製造する世界唯一のメーカーです。機械ごとの特性や市場、競合環境を理解し、各々の技術部・工場関係者を動かして受注に導いています」
――次第にやりがいを持てるようになった。
「16―20年にかけて、韓国市場の担当になったのがきっかけです。日本のお客さまの場合、依頼通りに見積もりする御用聞き営業のようなスタイルが多いのですが、韓国のお客さまはこちらの考えを聞いて下さる機会が多く、提案型営業がしやすい環境でした。例えば依頼とは違うタイプの圧縮機を提案したり、複数タイプ案を比較提示したり。自分で考えて受注しやすい状況を作り出す主導的な営業が楽しく、成果も出たことで仕事が面白いと思うようになりました。17―19年に平均で年間約50億円規模の市場を任せてもらい、裁量を持って働かせていただけたのも、主体的に楽しく仕事ができるようになったきっかけですね」
――営業スキルも徐々に身につけた。
「小学生の時に始めたラグビーを30歳まで続けてきて、論理的思考や経営戦略的な視点といったビジネススキルはもちろん、コミュニケーションスキルも不足していました。初めのころは、『この価格です』などと決まりきったことしか話せず、交渉でお客さまの納得感を得られませんでした。経験を積む中で相互の納得を生み出す交渉力、社内外を調整し巻き込んで周囲を動かす力が身に付いたように思います」
――現在の担当は。
「20年から、液化天然ガス(LNG)運搬船向け圧縮機の担当をしています。16年ごろに圧縮機が必要となる新エンジンのLNG運搬船が登場し、参入を始めた分野です。40年まで年間30隻が見込まれると言われています。主なお客さまは、日中韓の造船所や、船を購入する日本、ギリシャなどの船主。要求仕様はほとんど同じで、はん用品に近い分野です。担当になると同時に新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化したため、韓国、ギリシャなど海外のお客さまは一度もお会いしたことがなく、ビデオ会議システムを利用してお話しています」
――順調に仕事を進めていく中でのリモート業務となりました。
「そんな中でも先日、韓国の造船所から新規発注をいただくことができました。強力な海外メーカーに対し、コスト面では厳しい競争になっていますが、企業としての対応力、信頼性も含めた総合的評価で選んでいただけたのだと思います。評価に違わぬようきっちりオーダー遂行していきます。またリモート化に伴い、ビジネス特化型SNS『Linkedln(リンクトイン)』でKOBE STEEL LTD―Compressor Sectionのアカウントを作成、今年10月から発信も始めました。多くの方にフォローしていただけるとうれしいです」
――今後の目標は。
「これまでは一品一葉な案件をより多く、採算良く受注することが目標でした。今後はよりはん用品に近いLNG運搬船事業において、事業戦略や課題解決のためのストーリーを前面に立って打ち出し、論理的かつ熱意を持って周囲を動かしていきたいです。ラグビーのように“ONE TEAM"となって成果を分かち合い、熱くなれるような仕事がしたいです」
(芦田 彩)