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2024.10.30
2021年4月1日
新社長に聞く 日鉄ステンレス 井上昭彦氏 「尖った商品」旗印に
国内ステンレス最大手の日鉄ステンレスは、4月1日付で井上昭彦副社長が新社長に昇格した。日本は人口減少・少子高齢化に伴う市場縮小に加え、新型コロナウイルス感染症影響で需要が大幅に減少。海外は中国をはじめ新興国ミルの台頭、保護貿易主義による輸出障壁が問題になり、輸入材の脅威も拭えない。この厳しい環境下でどのように舵を取るのか。井上新社長に抱負などを聞いた。
――まずは抱負から。
「当社は日本を代表するステンレスメーカーとして、世界で一目置かれるプレゼンスのある会社であり続け、社員が自信と誇りを持って元気に働くことができる会社であり続けなければならない。日本国内は人口減少・少子高齢化が進展し、海外では中国をはじめ新興国ミルが台頭する環境下、現行の体制では固定費構造が重たく、描いてきた成長戦略を実現することが難しくなっている。かかる認識に立脚し、この3月に最適生産設備体制の構築を中心とする競争力強化策を発表した。市場変化に対応しながら固定費を引き下げ、限界利益を上げるためには、設備集約による生産効率化、社員1人1人の生産性向上を追求する体質を作り上げる必要がある。最適生産設備体制の構築はトップを任された私にとって最大のミッションになる」
――副社長としての1年を振り返って。
「20年4月に顧問として着任したが、当時は新型コロナウイルス感染症の影響で緊急事態宣言下にあり、テレワークを余儀なくされたため、業務実態の把握以前にスタッフとのコミュニケーション構築にも手間取った。7月以降は感染予防や感染拡大防止に努めながら5製造拠点を巡り、コミュニケーションを深めてきた。1年を通じて感じた印象は一言で、良い会社。新日鉄住金ステンレス、日新製鋼という日本を代表する2大メーカーが統合し、互いに尊重し合い、うまく融合していることは、前社長の伊藤仁取締役相談役をはじめ幹部のマネジメントの賜物。また営業と製造、研究の3部門の距離が近く、現場が噛み合っている。営業は製造の状況と商品技術特性を十分理解した上でお客様と向き合っており、ニーズをしっかり掴んでいる」
「また、商品バリエーションが幅広いのも特長だ。最先端の独自商品だけで収益を支えることは難しいが、ミドルグレードを含めた汎用品にとって東アジアは激戦地で、商品特性に優位差が無ければ安価品に流れる傾向がある。厳しい環境下で生き残るには、誰も追い付くことができない『尖った商品』を旗印とし、汎用品の受注に繋げることも戦略。その点、技術・研究部門は技術先進性を活かし、独自二相ステンレス鋼をはじめ最先端商品を生み出すことにとどまらず、FWシリーズに代表されるようにレアメタル添加量を大幅に削減しながらSUS304と同等性能を安価で提供するアイテムも開発している。メニューの幅をうまく広げており、中長期的な市場変化を睨んだ商品開発も順調に進んでいる」
――衣浦製造所のステンレス薄板生産の全面休止、山口製造所周南製鋼工場の電気炉1基休止など競争力強化策をどう進めていくか。
「今回の競争力強化策は老朽設備を休止しながら、競争力ある設備を一段と強化し、生産能力を維持することが狙い。この一環として、衣浦の薄板ライン全面休止を決めた。衣浦をはじめ、山口、鹿島の休止対象ラインで業務に従事していた従業員には辛い思いをさせることになるが、彼らに報いるためにも構造改革を成し遂げなければならない」
――製造部門、技術・研究部門の課題は。
「将来の成長に向けた強靭な事業基盤の構築には製造部門が競争力強化策を完遂し、固定費を引き下げるとともに、技術・研究部門が技商品開発力やプロセス技術力を徹底的に磨くことで技術先進性を担保しなければならない。研究スタッフは日本製鉄の10分の1程度、研究開発費は20分の1程度。規模は小さいものの、先を見据え、地に足を着けた研究を行っており、強みをさらに伸ばす。商品開発は高機能化、コスト低減の二軸で『尖ったもの』を志向し、実現していきたい。ステンレス鋼の材料としての開発ポテンシャルは大きく、研究スタッフにとってのフィールドは広い」
「一方、製造部門では製造実力を磨き上げ、変動費低減に努める。総変動費で見た場合、ステンレス鋼は合金元素の添加量が多く、固定費よりも変動費が重くなる傾向がある。製造所は抜本的製造実力の向上に取り組んできたが、理論歩留まりや理論原単位における満点は明確であり、改善余地は大きい。いかに早く、効率良く目標に近づけるかが課題だ」
――営業部門は。
「引き続きソリューション拡販営業に取り組む。また過去の経緯からコストと販売価格が見合わなくなっている不採算明細がある。需要家の理解を得ながら、解消していきたい」
――中長期経営計画の骨子を。
「100万トンの鋼材出荷数量でも利益を確保できる体質を構築する。総固定費を削減し、安定生産の維持と抜本的製造実力向上による変動費の低減、販売条件の是正等の限界利益改善に取り組むことで損益分岐点を引き下げ、120万トンの出荷で単独経常利益200億円以上を目指す」
「またカーボンニュートラル実現に向けた対応も課題であり、熱処理など下工程を中心にCO2を削減できるよう、検討していきたい」
――国内外のステンレスマーケット動向をどのように予測するか。
「開発途上国の経済成長などを踏まえ、世界全体では需要が伸びていく。世界マーケットが伸長する一方で、中国を中心とした新興国ミルが生産規模を拡大している。この状況下で、我々がどのように生き残っていくのかが重要な課題。日本の人口は2065年に現行の7割程度まで減少するとの予測が出ている。インバウンド効果などの要素もあり、単純に人口に比例するとは考えにくいものの、国内市場が縮小方向にあることは疑いなく、危機感を持って臨む」
――日本製鉄との連携は。
「基礎研究領域、シーズ探索などで連携を深めていきたい。また操業技術面では、当社は製鋼と薄板は複数ミルを置くものの、厚板と棒線は1工場・1ミルのみであることから、日本製鉄の普通鋼の厚板・棒線工場との交流を通じて、さらなる改善やエンジニア育成などに繋げていきたい。情報共有も一層強化する」(濱坂浩司)
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▽井上昭彦(いのうえ・あきひこ)氏=82年東大院修了後、新日本製鉄(現・日本製鉄)入社。11年執行役員、14年常務執行役員君津製鉄所長、18年代表取締役副社長技術開発本部長、20年日鉄ステンレス代表取締役副社長執行役員。
とくに印象深いのが、99年から6年半に及ぶタイ・SUS時代。「異文化体験をし、日本の常識が世界ではいかに非常識か、また日本人は異なる価値観や文化を受け入れる懐がいかに狭いかを痛感した。入社時はエンジニアリング本部への配属を希望していたが、結果的に製鉄現場の勤務が長く、SUSでは製鉄設備の立ち上げに携わることができ、やりがいがあった」と懐かしむ。製鉄所勤務の経験から、「地域を大切にし、地域とともに発展する会社を目指す」が信条。57年8月21日生まれ、福岡県出身。
――まずは抱負から。
「当社は日本を代表するステンレスメーカーとして、世界で一目置かれるプレゼンスのある会社であり続け、社員が自信と誇りを持って元気に働くことができる会社であり続けなければならない。日本国内は人口減少・少子高齢化が進展し、海外では中国をはじめ新興国ミルが台頭する環境下、現行の体制では固定費構造が重たく、描いてきた成長戦略を実現することが難しくなっている。かかる認識に立脚し、この3月に最適生産設備体制の構築を中心とする競争力強化策を発表した。市場変化に対応しながら固定費を引き下げ、限界利益を上げるためには、設備集約による生産効率化、社員1人1人の生産性向上を追求する体質を作り上げる必要がある。最適生産設備体制の構築はトップを任された私にとって最大のミッションになる」
――副社長としての1年を振り返って。
「20年4月に顧問として着任したが、当時は新型コロナウイルス感染症の影響で緊急事態宣言下にあり、テレワークを余儀なくされたため、業務実態の把握以前にスタッフとのコミュニケーション構築にも手間取った。7月以降は感染予防や感染拡大防止に努めながら5製造拠点を巡り、コミュニケーションを深めてきた。1年を通じて感じた印象は一言で、良い会社。新日鉄住金ステンレス、日新製鋼という日本を代表する2大メーカーが統合し、互いに尊重し合い、うまく融合していることは、前社長の伊藤仁取締役相談役をはじめ幹部のマネジメントの賜物。また営業と製造、研究の3部門の距離が近く、現場が噛み合っている。営業は製造の状況と商品技術特性を十分理解した上でお客様と向き合っており、ニーズをしっかり掴んでいる」
「また、商品バリエーションが幅広いのも特長だ。最先端の独自商品だけで収益を支えることは難しいが、ミドルグレードを含めた汎用品にとって東アジアは激戦地で、商品特性に優位差が無ければ安価品に流れる傾向がある。厳しい環境下で生き残るには、誰も追い付くことができない『尖った商品』を旗印とし、汎用品の受注に繋げることも戦略。その点、技術・研究部門は技術先進性を活かし、独自二相ステンレス鋼をはじめ最先端商品を生み出すことにとどまらず、FWシリーズに代表されるようにレアメタル添加量を大幅に削減しながらSUS304と同等性能を安価で提供するアイテムも開発している。メニューの幅をうまく広げており、中長期的な市場変化を睨んだ商品開発も順調に進んでいる」
――衣浦製造所のステンレス薄板生産の全面休止、山口製造所周南製鋼工場の電気炉1基休止など競争力強化策をどう進めていくか。
「今回の競争力強化策は老朽設備を休止しながら、競争力ある設備を一段と強化し、生産能力を維持することが狙い。この一環として、衣浦の薄板ライン全面休止を決めた。衣浦をはじめ、山口、鹿島の休止対象ラインで業務に従事していた従業員には辛い思いをさせることになるが、彼らに報いるためにも構造改革を成し遂げなければならない」
――製造部門、技術・研究部門の課題は。
「将来の成長に向けた強靭な事業基盤の構築には製造部門が競争力強化策を完遂し、固定費を引き下げるとともに、技術・研究部門が技商品開発力やプロセス技術力を徹底的に磨くことで技術先進性を担保しなければならない。研究スタッフは日本製鉄の10分の1程度、研究開発費は20分の1程度。規模は小さいものの、先を見据え、地に足を着けた研究を行っており、強みをさらに伸ばす。商品開発は高機能化、コスト低減の二軸で『尖ったもの』を志向し、実現していきたい。ステンレス鋼の材料としての開発ポテンシャルは大きく、研究スタッフにとってのフィールドは広い」
「一方、製造部門では製造実力を磨き上げ、変動費低減に努める。総変動費で見た場合、ステンレス鋼は合金元素の添加量が多く、固定費よりも変動費が重くなる傾向がある。製造所は抜本的製造実力の向上に取り組んできたが、理論歩留まりや理論原単位における満点は明確であり、改善余地は大きい。いかに早く、効率良く目標に近づけるかが課題だ」
――営業部門は。
「引き続きソリューション拡販営業に取り組む。また過去の経緯からコストと販売価格が見合わなくなっている不採算明細がある。需要家の理解を得ながら、解消していきたい」
――中長期経営計画の骨子を。
「100万トンの鋼材出荷数量でも利益を確保できる体質を構築する。総固定費を削減し、安定生産の維持と抜本的製造実力向上による変動費の低減、販売条件の是正等の限界利益改善に取り組むことで損益分岐点を引き下げ、120万トンの出荷で単独経常利益200億円以上を目指す」
「またカーボンニュートラル実現に向けた対応も課題であり、熱処理など下工程を中心にCO2を削減できるよう、検討していきたい」
――国内外のステンレスマーケット動向をどのように予測するか。
「開発途上国の経済成長などを踏まえ、世界全体では需要が伸びていく。世界マーケットが伸長する一方で、中国を中心とした新興国ミルが生産規模を拡大している。この状況下で、我々がどのように生き残っていくのかが重要な課題。日本の人口は2065年に現行の7割程度まで減少するとの予測が出ている。インバウンド効果などの要素もあり、単純に人口に比例するとは考えにくいものの、国内市場が縮小方向にあることは疑いなく、危機感を持って臨む」
――日本製鉄との連携は。
「基礎研究領域、シーズ探索などで連携を深めていきたい。また操業技術面では、当社は製鋼と薄板は複数ミルを置くものの、厚板と棒線は1工場・1ミルのみであることから、日本製鉄の普通鋼の厚板・棒線工場との交流を通じて、さらなる改善やエンジニア育成などに繋げていきたい。情報共有も一層強化する」(濱坂浩司)
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▽井上昭彦(いのうえ・あきひこ)氏=82年東大院修了後、新日本製鉄(現・日本製鉄)入社。11年執行役員、14年常務執行役員君津製鉄所長、18年代表取締役副社長技術開発本部長、20年日鉄ステンレス代表取締役副社長執行役員。
とくに印象深いのが、99年から6年半に及ぶタイ・SUS時代。「異文化体験をし、日本の常識が世界ではいかに非常識か、また日本人は異なる価値観や文化を受け入れる懐がいかに狭いかを痛感した。入社時はエンジニアリング本部への配属を希望していたが、結果的に製鉄現場の勤務が長く、SUSでは製鉄設備の立ち上げに携わることができ、やりがいがあった」と懐かしむ。製鉄所勤務の経験から、「地域を大切にし、地域とともに発展する会社を目指す」が信条。57年8月21日生まれ、福岡県出身。
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