構造改革を進めた中国の鉄鋼業が成長軌道への回復を鮮明にしている。2020年の粗鋼生産は過去最高ペース。統合再編が具体化し、年間粗鋼1億トンと世界最大の鉄鋼メーカーが誕生するなど粗鋼規模が数千万トンの企業を続々と生み出している。コロナ禍に苦しむ海外勢をよそに収益を上げ、新設備導入や海外進出など投資を積極化する。アジアの鉄鋼業を長年研究している、東北大学・大学院経済学研究科の川端望教授と同研究科の銀迪氏(博士課程後期3年)に中国の生産システムの構造と変化、今後の着眼点を聞いた。
――中国政府による近年の鉄鋼産業の改革をどうみているか。
「国有のゾンビ企業の処理に踏み込んだことは重要な前進だ。破綻した国有の重慶鋼鉄集団と東北特殊鋼集団、渤海鋼鉄集団はそれぞれ国有最大手の宝武鋼鉄集団、民営最大手の沙鋼集団、民営大手の徳龍鋼鉄集団に統合された。しかし、破綻した企業が設備を再度稼働させる現象がみられる。統合しても製鉄所は存続し、債務を処理して身軽になり、生産力が復帰する。過剰資本は削減されるが、能力は削減されないことが市場にどう影響してくるか。宝武集団は企業統合によって規模を大きくするが、巨大化が宝武に何をもたらすのか、注視している」
――生産能力を削減したが、粗鋼生産は増えている。
「中国政府は16年からの3年間で鉄鋼の過剰能力を1億5500万トン以上削減したと発表したが、同時に統計漏れの能力が発見されており、国家統計局の能力統計では1億トンしか減っていない。これが実態だと思う。その背景には、政府の予想よりも国内需要が急速に回復したことがある。政府は国内需要を2020年に6億5000万―7億トンと予想して過剰能力削減計画を立てたが、実際には18年に8億7100万トンになった。このことが企業の間で、能力削減政策を逃れて増産したいという意欲をかき立てた」
「能力の内訳を見ると、中国鋼鉄工業協会の会員企業の能力は減ったが、非会員企業ではむしろ増えている。会員企業が削減実績を過大申告している可能性と、非会員の民営企業が統計に把握されていない可能性がある。今のところ前者は確認できないが、後者は多方面から指摘されていて間違いないと思う。例えば民営鉄鋼業団体の全聯冶金商会によると、全国粗鋼生産に占める民営のシェアは上がっている。このように能力削減を契機に統計の矛盾がより強く見受けられるようになった。政府も19年秋から省別に鉄鋼企業とその能力、生産量の詳細をあらためて把握しようとしている。実態をどう捉えるべきか、なお調査を進める必要がある」
――既存設備を廃棄し新規設備への置き換えを政府が認める「能力置換策」の問題点が指摘されている。
「能力置換策の規制をかいくぐって事実上、能力を増やす行為がみられるため、政府は今年1月に置換策の申請の受付を停止し、申請済のプロジェクトの再調査を行っている。過剰能力は1億トン削減されたが、それ以外の能力を新規設備に置き換える際に再度能力が増える可能性がある」
――政府による国有企業への補助金制度の改革が必要では。
銀氏=「国有企業の採算は以前に比べて改善しているが、補助金制度を改革しないと根本的には立ち直らないと思われる。補助金制度が存在する限り、企業が経営不振で赤字になっても政府が救済してくれると思うから、リスクを軽視し、設備投資を増やしてしまう可能性がある」
――地条鋼撲滅後に正規の鉄鋼企業の粗鋼や電炉鋼生産、鉄スクラップの消費の増加に拍車がかかった。
「地条鋼の生産分が公式の設備による生産に切り替わっているが、政府が奨励するほどには電炉生産が増えていない。鉄スクラップや電力の価格が高いためだ。鉄スクラップの発生量が多いのに価格が高いのは理解しにくいが、流通システムが未整備なためとみられる。ただ、現存する転炉にスクラップを装入する割合は高まっているようだ。高炉に装入する場合もあると聞く」
――中国の電炉鋼は増えていくのか。
「温暖化対策を迫られる政府が、電炉導入の大号令をかけるかどうかが焦点だ。発展改革委員会や環境省は温暖化対策で世界の先頭に立つ発想を持ち、例えば発改委エネルギー研究所は10年以上前から電炉比率を60%にすべきと主張していた。中国は経済発展によってCO2問題に対処せざるを得ない。米国が環境対策に背を向けるほど、中国は自分たちこそ新しい世界の担い手としての立場を示すために温暖化対策を進めるだろう。とりあえず地条鋼を撲滅し、鉄スクラップを表に出すことには成功した。これから電炉化を本格的に進める可能性はある。中国の電炉化が進めば、鉄スクラップの需要が増えるが、中国国内にも蓄積がないわけではない。リサイクル業者が利益を得られる仕組みを構築することがポイントになる」
――日本の鉄鋼メーカーは厳しい状況に置かれている。
「コロナ禍で日本製鉄もJFEスチールも大規模な設備休止に踏み切り、国内の能力を絞ろうとしている。すでに展開されていたグローバル戦略を新たな段階に進めるテコとなる。日本メーカーは、これまで国内で製造した母材を輸出し、海外で圧延する工程間分業を行ってきたが、この方法では海外市場が拡大するとともにグローバル・シェアが落ちていく。そこで選択肢として海外でのM&Aや、海外パートナーからの母材調達が浮上していた。コロナ禍はこの動きを一層強める。日本製鉄が買収したインドのエッサールスチール(現AM/NSインディア)のように中低級品の市場はM&Aで獲得した現地の企業で市場を取り込むことが考えられる。一方で国内からの供給は、建材などへの供給を減らし、ひも付きの高級品の割合を高めるのだろう」
――日本製鉄が瀬戸内製鉄所広畑地区に最新の電炉を導入し、高級鋼生産に乗り出す。
「高級鋼板を電炉で造れるようになれば生産は柔軟になるし、温暖化対策も前進する。アルセロール・ミッタルと合弁の米国のAM/NSカルバートの上工程にも電炉を導入するようで、ミッタルとの協力で多くのことが考えられる。昨今の異常気象もあって温暖化対策の機運はますます強まる。日本鉄鋼連盟が進めるゼロ・カーボン・スチール策では、高炉法での水素還元を重視しているが、技術の確立には時間がかかる。まずは電気炉の適用を拡大してCO2対策を進めることが必要かもしれない」
――JFEスチールも海外出資先の活用がテーマとなる。
「ベトナムのフォルモサ・ハティン・スチールが稼働したため,東南アジアのJFEグループの拠点は日本からの輸入に頼らずにホットコイルを調達できるようになった。鋼管母材などには十分使用できている。フォルモサ材は、表面処理鋼板メーカーや鋼管メーカーなど、ベトナムの需要家にも好評だ。なぜなら、中国から輸入したホットコイルを母材に使用すると迂回輸出扱いされてアンチダンピングの対象になるのに対して、フォルモサ材を使えばその心配がないからだ」
――東南アジアは現地の鉄鋼企業が能力を増強する上に中国企業の進出が相次いでいる。
「ベトナムで現地のホアファットが高炉を次々立ち上げ,熱延も稼働させる。ベトナムはホットコイルを国産化しきれていないので、ホアファットやフォルモサにとって条件はよい。中国企業はマレーシアやインドネシアに進出しているが、どのように経営するのか注目している」
――今後の研究のテーマは。
銀氏=「これまで中国鉄鋼業の生産システムと技術の編成とその変化に注目し、中国鉄鋼業の発展を、政府の産業政策との関連性を踏まえながら研究してきた。中国鉄鋼業の発展は政府の関与と切り離せない。政府の産業政策が中国鉄鋼業にどのような影響を与え、そこにどのような問題があるのか。中国鉄鋼業が政府の政策と市場の需要にどう対応し、発展していくのかを深く探りたい。特に注目しているのは近年非常に厳しくなっている環境規制だ。史上最も厳しい環境規制に企業はどう対策を取るのかは、重要なテーマとなる」(植木 美知也)