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2024.10.30
2020年8月27日
「未来へ見出す活路 これからの産学連携研究」 高梨弘毅・東北大学金属材料研究所前所長 スピンエレクトロニクス磁性材料で活用 エネルギー消費減に貢献
――構造材料と機能材料に分けられる。磁性材など機能材料の金研の取り組みは。
「機能材料の中で磁性材料が大きな地位を占めてきた。KS磁石鋼は磁性材料で機能材料。本多先生が鉄の研究を1916年に始めた時に、その一つとして磁石の研究を始め、当時最高の磁石を造った。インバーはインバリアントの略で、熱膨張しない金属をインバーという。インバー自体は欧州で発明されたが、これも磁性材料。熱膨張しないのは磁気が絡んでいる。さらに性能が高いスーパーインバーという。磁性材料は幾つか種類があり、まずは磁石。現在はネオジウム磁石が世界一の磁力を持ち、磁石はハードな磁性材料といわれる。ソフトな磁性材料もあり、鉄が代表例。鉄は磁石ではないが、磁気が近づくと簡単に磁石となる。これも重要な磁性材料。トランス、コイルの性能を上げる時に使う。その中の一つがセンダストで、非常に優れたもの。センダストは鉄の中にシリコン9・5%、アルミ5・5%を入れると非常に優れた性質を持つ」
――優れた性質とは。
「コイルの中に入れた時にロスが少ない。つまり、わずかな磁場で磁気が出る。磁場をとればなくなる。磁石は一回磁気ができるとNS極は変わらないが、ソフトな磁性材はほんのわずかな磁場でもNS極ができる。コイルの磁心材料として使うと変換効率に優れ、スマホなどのノイズのフィルターにも良い性能を発揮する。モーターは磁石とソフトな磁性材料を使うが、効率よく電気から動力を取り出すために優れた磁石とソフト磁性材料を使うと効率が良い。エネルギーが重要な時代に磁性材料が大事になっている。発電は動力を電気に変えるが、効率よく変換できる。理論的な限界値に達しておらず、磁性体も良いものが必要とされ、改めて注目されている。磁性材料は鉄が中心だが、鉄ではないものを使うこともある。鉄とコバルトとニッケルが磁性材料。マンガンやクロムも合金にすることで磁性を示す」
――磁気を利用したスピンエレクトロニクスが注目されている。
「研究所ではメモリなどのエレクトロニクスに使う磁性材料の研究を行っている。スピンエレクトロニクスの歴史は20―30年とソフト、ハード磁性材に比べて短いが、磁気記録やメモリなどエレクトロニクスの素子の中で使う磁性材料は機能材料の中でも電子材料に近い。電子1個が小さな磁石であることを利用して、電子の流れをコントロールしたり、電流を使って磁気をコントロールしたりするのがスピンエレクトロニクス。磁性体をナノスケールの世界に加工している。磁性体もナノスケールでどうなっているかが重要になっている」
――スピンエレクトロニクスが活用されるとどのようなメリットがあるか。
「ハードディスクの性能に大いに関わる。ハードディスクは磁性体だが、NS極の配列があり記録となる。これを感度良く読み出すため、電気抵抗が磁場によって著しく変化するという巨大磁気抵抗効果を使う。1988年に発見されたが、これがスピントロニクスの起源。21世紀に入る頃からエレクトロニクス分野でスピンエレクトロニクス、あるいは同義だがスピントロニクスという言葉が出てきた。巨大磁気抵抗効果を発見した2人の研究者は発見から約20年後の07年にノーベル賞を受賞した。ドイツのグリューンベルク先生のもとで一緒に94―95年に研究し、公私ともにお付き合いした。フェルト先生も東北大に縁がある。エレクトロニクス分野において半導体の一部を磁性体に変えることでエネルギー消費を少なくする。スピンエレクトロニクスは省エネで大きな役割を果たす」
――実用化を考えると企業との連携は。
「私たちの研究は比較的基礎的な部分が多いので、良いものができても、安くできるか簡単にできるかという壁がある。材料の難しさはそこにある。スピンエレクトロニクスは認知されているが、工場で材料を変えていくには、機械・設備を変えていかなければならない。企業は既存設備での活用を考え、新しい設備の投資に慎重だ。あくまで一般論だが、日本はバブルの後遺症があり、経営者は挑戦して開発することに慎重になっていると感じる。スピンエレクトロニクスの分野では、日本がかなり中心になって伸ばしてきた面がある。私は磁性分野から入ってきたが、半導体分野からスピンエレクトロニクスに入ってきたのが大野英男総長。元々のバックグラウンドは違うが、いまやっていることは近く、スピンエレクトロニクスの発展に貢献してきたい」
――日本の研究分野の問題点は。
「欧米は情報発信が非常にうまく、自分達がオーガナイズしていく。例えば、論文を乗せている雑誌もクオリティが高いものは欧米にある。雑誌のランキングの高いところに論文を出そうとする流れになり、日本の雑誌のクオリティが落ちていく傾向がある。欧米は研究そのものだけでなく、マネジメント、オーガナイズ、情報発信が巧みだと感じる。研究者のクオリティではなく、別の能力になっている。日本は研究者の層は厚いが、研究をマネジメントする人の層は薄い。欧米では理科系のドクターがジャーナリズムの世界に入り、編集者になっていることがよく見られ、学位が色々な分野で生かせる。日本にはその道が少なく、非常に大きな問題。理系の学位を取った人が、科学の研究のシステム、情報発信の世界で活躍することが必要だ。ドイツのメルケル首相も物理博士。学術に対する基本的な姿勢は日本と欧米では違う。研究者のクオリティは良いが、政治などの世界はバッググラウンドが違うので想像ができない。そこを変えないと国難があったときに日本の科学技術力を生かせずに終わっていく」
――いま興味を持たれている研究課題は。
「エネルギーに関することに興味を持っている。熱をいかに電気にかえるか。熱電発電があるが、それにスピンエレクトロニクスが関係している部分がある。昔から知られているが、あまり研究が進んでいなかった。熱電とは温度の差があると電気が取り出させるということ。さらに磁性体だとNSの向きによって電圧が逆になり、自由度が高まる。振動発電というものもあり、振動から電気を取り出す研究もあるが熱、振動にしても十分ではない。スピンエレクトロニクスから波及し、熱効果を加えたスピンカロリトロニクスというのがあり、この言葉を作ったのが当研究所のドイツ人研究者のバウアー教授。磁性体を使った熱電効果は100年以上前に見つかっているが、本当に使える量の電気をとれるようにしなければいけない。最初は太陽電池を電卓で使用するのが精一杯で家庭や工場の電気を賄うことは考えられなかった。熱電も昔から研究されてきたが、磁性体を使うのは最近のこと。磁性体でNSを変えることで自由度が増える」
――新たな磁石も研究している。
「鉄とニッケルだけで強い磁石ができないかと考えている。通常、強い磁石を作るには希土類金属を使う。ネオジムやディスプロシウムがそう。私は少し挑戦的に完全非希土類磁石の基礎研究をしている。手間暇かけて作っても量産化できなければいけないので、そこがネック。10年以上前から鉄―ニッケル磁石の研究を続け、少しでもものにならないかと思っている」(山本 章央)
「機能材料の中で磁性材料が大きな地位を占めてきた。KS磁石鋼は磁性材料で機能材料。本多先生が鉄の研究を1916年に始めた時に、その一つとして磁石の研究を始め、当時最高の磁石を造った。インバーはインバリアントの略で、熱膨張しない金属をインバーという。インバー自体は欧州で発明されたが、これも磁性材料。熱膨張しないのは磁気が絡んでいる。さらに性能が高いスーパーインバーという。磁性材料は幾つか種類があり、まずは磁石。現在はネオジウム磁石が世界一の磁力を持ち、磁石はハードな磁性材料といわれる。ソフトな磁性材料もあり、鉄が代表例。鉄は磁石ではないが、磁気が近づくと簡単に磁石となる。これも重要な磁性材料。トランス、コイルの性能を上げる時に使う。その中の一つがセンダストで、非常に優れたもの。センダストは鉄の中にシリコン9・5%、アルミ5・5%を入れると非常に優れた性質を持つ」
――優れた性質とは。
「コイルの中に入れた時にロスが少ない。つまり、わずかな磁場で磁気が出る。磁場をとればなくなる。磁石は一回磁気ができるとNS極は変わらないが、ソフトな磁性材はほんのわずかな磁場でもNS極ができる。コイルの磁心材料として使うと変換効率に優れ、スマホなどのノイズのフィルターにも良い性能を発揮する。モーターは磁石とソフトな磁性材料を使うが、効率よく電気から動力を取り出すために優れた磁石とソフト磁性材料を使うと効率が良い。エネルギーが重要な時代に磁性材料が大事になっている。発電は動力を電気に変えるが、効率よく変換できる。理論的な限界値に達しておらず、磁性体も良いものが必要とされ、改めて注目されている。磁性材料は鉄が中心だが、鉄ではないものを使うこともある。鉄とコバルトとニッケルが磁性材料。マンガンやクロムも合金にすることで磁性を示す」
――磁気を利用したスピンエレクトロニクスが注目されている。
「研究所ではメモリなどのエレクトロニクスに使う磁性材料の研究を行っている。スピンエレクトロニクスの歴史は20―30年とソフト、ハード磁性材に比べて短いが、磁気記録やメモリなどエレクトロニクスの素子の中で使う磁性材料は機能材料の中でも電子材料に近い。電子1個が小さな磁石であることを利用して、電子の流れをコントロールしたり、電流を使って磁気をコントロールしたりするのがスピンエレクトロニクス。磁性体をナノスケールの世界に加工している。磁性体もナノスケールでどうなっているかが重要になっている」
――スピンエレクトロニクスが活用されるとどのようなメリットがあるか。
「ハードディスクの性能に大いに関わる。ハードディスクは磁性体だが、NS極の配列があり記録となる。これを感度良く読み出すため、電気抵抗が磁場によって著しく変化するという巨大磁気抵抗効果を使う。1988年に発見されたが、これがスピントロニクスの起源。21世紀に入る頃からエレクトロニクス分野でスピンエレクトロニクス、あるいは同義だがスピントロニクスという言葉が出てきた。巨大磁気抵抗効果を発見した2人の研究者は発見から約20年後の07年にノーベル賞を受賞した。ドイツのグリューンベルク先生のもとで一緒に94―95年に研究し、公私ともにお付き合いした。フェルト先生も東北大に縁がある。エレクトロニクス分野において半導体の一部を磁性体に変えることでエネルギー消費を少なくする。スピンエレクトロニクスは省エネで大きな役割を果たす」
――実用化を考えると企業との連携は。
「私たちの研究は比較的基礎的な部分が多いので、良いものができても、安くできるか簡単にできるかという壁がある。材料の難しさはそこにある。スピンエレクトロニクスは認知されているが、工場で材料を変えていくには、機械・設備を変えていかなければならない。企業は既存設備での活用を考え、新しい設備の投資に慎重だ。あくまで一般論だが、日本はバブルの後遺症があり、経営者は挑戦して開発することに慎重になっていると感じる。スピンエレクトロニクスの分野では、日本がかなり中心になって伸ばしてきた面がある。私は磁性分野から入ってきたが、半導体分野からスピンエレクトロニクスに入ってきたのが大野英男総長。元々のバックグラウンドは違うが、いまやっていることは近く、スピンエレクトロニクスの発展に貢献してきたい」
――日本の研究分野の問題点は。
「欧米は情報発信が非常にうまく、自分達がオーガナイズしていく。例えば、論文を乗せている雑誌もクオリティが高いものは欧米にある。雑誌のランキングの高いところに論文を出そうとする流れになり、日本の雑誌のクオリティが落ちていく傾向がある。欧米は研究そのものだけでなく、マネジメント、オーガナイズ、情報発信が巧みだと感じる。研究者のクオリティではなく、別の能力になっている。日本は研究者の層は厚いが、研究をマネジメントする人の層は薄い。欧米では理科系のドクターがジャーナリズムの世界に入り、編集者になっていることがよく見られ、学位が色々な分野で生かせる。日本にはその道が少なく、非常に大きな問題。理系の学位を取った人が、科学の研究のシステム、情報発信の世界で活躍することが必要だ。ドイツのメルケル首相も物理博士。学術に対する基本的な姿勢は日本と欧米では違う。研究者のクオリティは良いが、政治などの世界はバッググラウンドが違うので想像ができない。そこを変えないと国難があったときに日本の科学技術力を生かせずに終わっていく」
――いま興味を持たれている研究課題は。
「エネルギーに関することに興味を持っている。熱をいかに電気にかえるか。熱電発電があるが、それにスピンエレクトロニクスが関係している部分がある。昔から知られているが、あまり研究が進んでいなかった。熱電とは温度の差があると電気が取り出させるということ。さらに磁性体だとNSの向きによって電圧が逆になり、自由度が高まる。振動発電というものもあり、振動から電気を取り出す研究もあるが熱、振動にしても十分ではない。スピンエレクトロニクスから波及し、熱効果を加えたスピンカロリトロニクスというのがあり、この言葉を作ったのが当研究所のドイツ人研究者のバウアー教授。磁性体を使った熱電効果は100年以上前に見つかっているが、本当に使える量の電気をとれるようにしなければいけない。最初は太陽電池を電卓で使用するのが精一杯で家庭や工場の電気を賄うことは考えられなかった。熱電も昔から研究されてきたが、磁性体を使うのは最近のこと。磁性体でNSを変えることで自由度が増える」
――新たな磁石も研究している。
「鉄とニッケルだけで強い磁石ができないかと考えている。通常、強い磁石を作るには希土類金属を使う。ネオジムやディスプロシウムがそう。私は少し挑戦的に完全非希土類磁石の基礎研究をしている。手間暇かけて作っても量産化できなければいけないので、そこがネック。10年以上前から鉄―ニッケル磁石の研究を続け、少しでもものにならないかと思っている」(山本 章央)
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