日本の金属業界が戦後発展するなか、鉄鋼技術分野において東北大学の金属材料研究所は国内外の人材を育成し、最先端の研究を発信してきた。今日でも新たなニーズが生まれ、商品が開発される中で素材・材料レベルで高い技術が求められている。中国の台頭など鉄鋼業界の世界地図でめまぐるしく変化している中、日本の鉄鋼業が生き残るためには技術力が生命線となってくる。日本が世界のトップランナーに立ち続けるため、大学と企業間での研究の在り方、金属の可能性なども含めた幅広い視点から鉄鋼技術の最前線に立つ古原忠所長に聞いた。
――研究所の最新の活動状況は。
「構造材料と機能材料の両面で幅広く研究を進めている。機能材料は、特に新しいエネルギーの利用に資する研究を先端エネルギー材料理工共創研究センターが中心となって行っている。スピントロニクス材料関連は近年、いくつかの研究部門が協力して活動し、世界的に高い評価を受けている。構造材料関連は、ものづくり技術としての積層造形、いわゆる3Dプリンティング関連の研究をリードしており、金属の積層造形技術および材料開発を産業界との連携で強く進めている。複雑な形状の創製に有効な技術で、海外ではエンジン部材を実用化する動きもある。積層造形手法はベッド状に敷き詰めた粉末を局所的に溶解して固めたり、ワイヤーを溶かして積み上げたりといろいろある。例えば溶射は積層造形技術の1つと考えられる。積層造形は幅広いプロセス技術としての概念になる」
――金研では幅広い分野の研究をしているが、相乗効果は。
「金属ガラス、アモルファス金属ガラスで世界をリードしてきたが、その知見から、ある元素の組み合わせで合金を造った後、特定の合金の成分を溶出させる脱元素化によってナノポーラス金属材料を造る研究を進めている。このような材料は燃料電池の電極材料の応用面でも注目され、それに適した材料の創生が幅広く検討されている。それ以外でも金属の構造設計による機能性向上に役立つ研究を行っている」
――金研と企業との連携について。
「企業に興味を持っていただくのが重要であり、産学連携に幅広く取り組んでいる。産学官連携推進室で講習会による技術者育成やイノベーションフェアで研究所に関する出展などを行い、産学官広域連携センターは産業界の抱える課題解決に取り組んでいる」
――企業は景気に左右される面があるが。
「私の分野は鉄鋼の基礎研究が中心で継続的支援をいただいている。金研の研究者は多くのシーズや豊富な研究経験を持ち、新しい共同研究課題や技術相談などの面で常に連携の芽はある。引き続き研究所の魅力を発信し、強い連携を築きたい。互いの意見を深く取り入れた形の連携が必要で、東北大が進める企業との包括連携に代表されるような長期的ビジョンに基づく戦略的研究を行いたい」
――日本の鉄鋼業界の強みは。
「産業での競争力が強く、研究のレベルも高い。大学と伍する基礎研究が企業でも行われている。互いに競争相手という側面もあることは日本の強みでもある。海外では企業統合などで基礎研究力にも移り変わりがあった。日本の鉄鋼メーカーも統合が進んだが、高い技術力、研究力を維持している。ただ、企業の立場から大学と知見を共有できないことがある。基礎的で直接製品開発に関係しないところでは大学と共同研究できるが、製品開発分野では慎重になる。共同研究の知見は大学の知財ともなるが、日本の大学は知財戦略が未成熟で企業とのミスマッチがあるかもしれない。互いの戦略をすり合わせ、どのように研究を進めるべきか考える必要がある。産学官連携の国家プロジェクトは長期展望に立った形だが、単なる成果の問題だけではなく、このような枠組みの継続が必要だ」
――企業側にも問題があるのでは。
「新しいプロセス、材料が外から出てきたときの対応が慎重と思われる。競争力があるがゆえに、新しいシーズには様子見をする姿勢を感じ、出遅れる理由の1つにもなっているのではと思う。この点は標準化対応への遅れの一因かも知れない。企業ができない新規分野は大学を利用していただければ、もっと有効に対応できるのではないか。ぜひ大学の研究力を積極的に利用してほしい」
――業界の課題認識について。
「産業としての活力が大事。金属分野を例にとると、鉱石から金属を取り出す新製錬技術の開発が最も重要だ。その革新が次の活力につながるだろう。鉄鋼分野でCOURSE50やゼロ・カーボンスチール、水素還元などが打ち出されている。これらの取り組みが花開くことを期待したい。プロセスの革新は最終製品に影響する。下工程でも新規プロセスを念頭に置いたらどのような材料課題があるかを考え、それを前取りするような研究開発ができれば素晴らしい。革新的プロセスも技術の成熟化のなかで改善され変化していく部分がある。脱CO2、リサイクル利用を含めた持続可能社会のための重要課題の解決に向けて、金研として今後も貢献していきたい」
――金属材料の可能性について。
「構造材料としての金属のポテンシャルは何分の1しか発揮しておらず、さらなる可能性を生かすことができる。インフラ用材料の長寿命化がますます重要で、使用環境での錆びなどの経年劣化や水素脆化などの破壊の抑制が喫緊の課題。そのためには、材料中の結晶の構造やサイズ、形状など微細組織の制御が不可欠となってくる。自動車用鉄鋼材料では金属組織のハイブリッド化により、燃費・衝突安全性が向上している。複合材料でもマルチマテリアル化が取り上げられるが、金属分野でもすでにハイブリッドな材料を使いこなしている」
――金研は海外連携などもしているか。
「本所では幅広い海外連携を行っている。特に材料照射利用、強磁場施設など大型施設の利用では強力な国際連携を展開している。海外の研究所もそうだが,研究者が代替わりをすると連携のあり方も変化する。本所では、国際共同研究センターを設置して10年以上に渡って国際協力の見直し、新たな連携先の発掘を組織的に進めている。金属に特化した研究所は海外にはあまりないが、中国には金属材料研究所があり、国家、地方レベルでの金属に関する研究拠点も多い。これらは競争相手であるとともに、研究連携先でもある。ドイツなど欧州の拠点とも連携は以前よりあるが、互いの研究所のあり方が変わっていく中で連携を新しく開拓していくことも考えている。水素社会実現やインフラの長寿命化といった課題は世界共通であるので、互いに研究の知見を共有し相互に発展していくのは重要」
――デジタル技術の活用が世の中で進められているが。
「高炉の中の温度、物質の流れの制御では,以前からスパコンを使ってきており、現象の可視化技術の利用は新しいことではない。金属組織のデジタル技術を用いた可視化,断面組織レンダリングによる3次元可視化も、90年代から行なわれている。放射光・中性子回折等の利用による時間軸まで含めた4D可視化も、2000年代から学術面でも産業面でも利用されている。この10―20年のナノレベルの顕微鏡解析技術の進展も画期的。例えば、ある材料の微小試料に電解やレーザーパルスをかけて表面から蒸発させた原子を質量分析器でキャッチして元素を同定するとともに、その並びが再構築できる技術が確立されている。これらの精緻な解析技術で得られるデータ量は膨大で、まさにビッグデータと言える。埋もれているデータの掘り起こし、データマイニングも進めば素晴らしい。ただ、散見するデータの質は玉石混淆であり,良質なデータとともに大きなノイズが必然的に含まれる。これをなくすことが重要である。体力のある企業は個別に取り組んでいるが、国としてこのような財産を整理、共有化することが重要になっている。日本のデータは素晴らしいが国内での利用はあまり表に出ておらず、むしろ海外で日本のデータの利用が目立っているようにも思われる。世代交代で研究データが埋もれてしまうことはよくあるが、昔の知見が新しい発見につながることも多い。我々としては息の長い研究を心掛けていくことが重要なポイントになるだろう」
(山本 章央)