日本鉄鋼業が転換期を迎え、世界経済は後退局面に入っていたが、新型コロナウイルス影響が加わったことで「100年に一度とされる大変革期において、100年に一度の危機といわれる事態に突入した」(伊藤忠丸紅鉄鋼の塔下辰彦社長)。コロナ後の新常態を見据え、「強い危機感を持って事業構造改革に取り組み、新しい時代に見合った機能を創出し、鉄鋼メーカーの国際競争力回復に貢献していきたい」(メタルワンの岩田修一社長)。商社・流通関係者の環境認識と危機感は一致する。
商社の鉄鋼製品事業は、日本の高炉メーカーの国際競争力を武器に発展を遂げてきたが、現在、世界シェアの6割を握る中国の鉄鋼メーカーが原料・製品マーケットを主導し、この構図は長期化する。商社が未来への活路を見出すには、新たな機能を創出してマーケット開拓を急ぐとともに、昭和・平成と続いてきた日本特有の商慣行の見直しと事業構造転換が不可欠となる。
コロナ以前に戻るものと戻らないものがあり、その見極めは重要になってくるが、ESG(環境・社会・ガバナンス)関連ビジネスはチャンスが大きく広がりそうだ。デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用によるサプライチェーンの効率化、ビジネスモデル転換も欠かせない。
鉄鋼メーカー系商社は、グループ中核商社としての機能拡充が求められる。
日鉄物産は、「日本製鉄グループの中核商社としての強みを最大限に発揮しつつ、グループの海外戦略に対応し、グローバル需要をしっかりと捕捉していく」(佐伯康光社長)。米テキサス州ヒューストンで建設を進める薄板コイルセンター、NSPSメタルズは新工場の稼働に向け対応中。NSPSは、現地のコイルセンター、ペースセッター社との合弁事業で、需要拡大が見込まれる南部への進出を果たした。ペース社のヒューストン工場の取引を継承しつつ、空調分野をはじめ、米国南部とメキシコ北部の需要をターゲットに販売を行っていく。また同社は7月13日付で社長直轄のDX推進部を新設。4営業事業本部と企画管理本部の全社横断組織で、DX戦略を積極展開する。
JFE商事は、JFEグループ中核商社としての機能に磨きをかけて、JFEスチールの国際競争力回復に貢献する構え。ESG関連ビジネス拡大の一環として「鉄鋼部門では自動車の車体軽量化、EVやHV対応の電磁鋼板ビジネス、再生エネルギービジネスへの対応を強化する」(織田直祐社長)方針で、7月1日付で鉄鋼貿易本部に「再生可能エネルギー鋼材貿易チーム」を発足させている。得意の電磁鋼板分野では、旧・川鉄商事時代の1980年以前からASEANを中心に加工センター事業を展開し、現在は米州、中国、ASEAN、インド、日本に約20拠点を展開。スリット・レベラーに加えて、モーターコアや変圧器用コアなどの2・3次加工設備を揃えた加工センターも多いことが特長で、昨年9月には北米の変圧器用コア加工最大手の加コジェントを買収。コジェントはスリット加工に加えて大型組コア、巻きコア、アモルファスコアの製造・組み立てを行っている。メキシコ西海岸で変圧器用コアやモーターコアの加工・販売を手掛けるJFE商事アメリカの能力も追加で増強。一大需要地である米国を南北から挟む格好で加工・物流体制を整え、JFEスチールの電磁鋼板の市場を開拓している。
神鋼商事は、神戸製鋼所グループの中核商社として「ギアを一段も二段も上げて商社機能を磨き、まず神戸製鋼とのビジネスを拡大。並行して、それ以外のビジネス拡充にも挑み、市場を開拓していくことで神鋼グループの持続的成長に貢献していく」(森地高文社長)。グローバルマーケットでの成長を目指す中、「環境」に関わるビジネステーマは重要な経営課題の一つと認識、PKS(ヤシ殻)などのサーキュラーエコノミー関連ビジネスへの参入も検討している。
振り返ると、東証一部上場企業だったJFE商事は12年10月、JFEホールディングスの100%子会社となった。「JFEグループの利益最大化」を最優先できる文字通りのグループ中核商社となり、風土改革も実現。事業構造改革と成長戦略投資を幅広く展開し、収益基盤を強化・拡大してきた。
日鉄物産は13年10月、旧・日鉄商事と旧・住金物産が統合して発足。鉄鋼、産機・インフラ、繊維、食糧の4つのコア事業を持つ複合専業商社として業容を拡大。三井物産グループとの連携強化、旧・日本鉄板の子会社化などの効果も引き出し、日鉄グループの中核商社としての存在感を高めている。
神鋼商事は、主力の鉄鋼を軸に非鉄、機械・情報、溶材の3事業分野をバランスさせつつ、トレード利益、事業利益、投資損益がバランスするポートフォリオの構築を目指している。
伊藤忠丸紅鉄鋼が01年10月に設立され、メタルワンが03年1月に誕生した。三井物産スチール、住友商事グローバルメタルズが発足し、建設鋼材分野ではエムエム建材、伊藤忠丸紅住商テクノスチールが機能を発揮しており、19年に住商メタルワン鋼管が始動した。この20年間で業界再編は大きく進展したが、鉄鋼業が大転換期を迎えたいま、商社・流通はもう一段の構造改革を迫られている。
創造的破壊」の先に道 コロナ後の新常態見据え
コロナ・ショック同様、2008年のリーマン・ショックで鉄鋼業は大きな影響を受けたが、阪和興業は「『M&A+A(アライアンス)』を通して在庫や加工、小ロット対応など鋼材流通に不可欠な機能を強化する『そこか(即納・小口・加工)』戦略を展開。地場企業との関係を強化することで市場を開拓し、内需が8000万トンから6000万トンに縮小する中、取扱量を増やしてきた」(古川弘成社長)。「東南アジアに第二の阪和を」をキャッチフレーズに「M&A+A」戦略をASEANでも展開し、海外需要を捕捉する手立ても講じてきた。さらに中国の国内需要は伸びるが、国内調達できない資源をターゲットに、中国の大手企業と組む戦略投資も加速。世界最大のステンレスメーカーとなった中国の青山控股集団とのインドネシアのニッケル銑鉄事業はステンレス、二次電池材料、高炉一貫普通鋼ビジネスへと大きく発展している。
三菱商事は19年4月、総合素材グループを立ち上げた。炭素、鉄鋼製品、機能素材の3本部で構成し、ニードルコークス、電極、鉄鋼製品、炭素繊維、セメントなど多岐にわたる素材を扱う。「総合」の意味合いは、「素材の枠組みを超えて物流、市場開拓などの機能を総合的に追求し、産業課題の解決に貢献し、対価を獲得していくところにある」(塚本光太郎常務執行役員)。鉄鋼業の課題解決に向けては、事業会社であるメタルワンと戦略を共有し、ビジネスの再構築に取り組む。メタルワンは「コロナ影響はリーマン・ショックより深刻なインパクトとなる」(岩田修一社長)と認識し、4月1日付で新設した20人規模の「事業開発部」を中心に新常態を見据えたメタルワンならではの機能創出を進め、事業構造改革を加速する。
三井物産・鉄鋼製品本部は「鉄をはじめとする素材の力を生かし、産業課題・顧客の潜在的ニーズを先取りした、モノ・コトを自ら創るプロ集団として、変革と成長を追求する」(藤田浩一執行役員)。三井物産スチール、エムエム建材の設立、日鉄物産との資本業務提携を通じて事業構造を大きく転換。世界最大級の自動車プレス部品メーカー、ゲスタンプ・オートモシオンに出資・参画するなど鉄鋼需要産業への投資による、バリューチェーンの高度化にも注力してきた。風力発電用タワー・フランジのグローバルサプライヤー、英国の海洋構造物ファブリケーター、EVモーターやインフラメンテナンス事業などに先行投資。米ニューコアとは北米で鋼材加工物流事業を展開する。いずれもESG関連ビジネスであり、コロナ後も見据えて投資先の収益拡大を図り、構造転換成果を引き出していく。中国における事業パートナー、宝武鋼鉄集団の電子商取引企業とは海外でのEコマースの検討も進めている。
住友商事・金属事業部門は、「強みを持つ鋼管、鉄道資機材、アルミ製錬を中心に自動車、社会インフラを加えた5つの重点分野において、『金属を売る』から『金属を使う』へ軸足を転換。新たな消費を創出し、領域を広げていく」(古場文博専務執行役員)方針。総合商社の強みを生かし、輸送機・建機、インフラなど他の5事業部門と顧客基盤を共有し、デジタルトランスフォーメーションを活用して業務の高度化と新たな収益源の拡大を追求。前期に600億円の減損損失・在庫評価損を計上した北米鋼管事業等の収益構造改革も急ぐ。ESG経営を意識したオイル・ガスメジャーの総合エネルギー企業への転換に適合する、新たな商社機能の提供、最先端技術やDXの導入による既存ビジネスの高度化、事業会社間の機能統合によるグローバル・サプライチェーン・マネジメント強化などに取り組む。鉄道分野は北米市場を最重要地域と位置付けており、既存の車輪・車軸事業における付加価値向上、バリューチェーン拡大を通じた成長機会を常に模索している。
未曾有の経済危機下、インフラ分野が安定市場として改めて注目を集めている。伊藤忠丸紅鉄鋼の米クラーク・ディートリック・ビルディング・システムは米国内に13加工拠点を展開し、高層ビルや中低層建築物のスチール・フレーミング、メタル・ラスなどを製造・販売。「全米4割強のシェアを握ってマーケットリーダーの地位を確立しており、景気後退局面にあった昨年も好業績を維持」(塔下辰彦社長)し、伊藤忠丸紅鉄鋼の安定収益基盤を支えている。
豊田通商・金属本部は独自の立ち位置で、主力の自動車分野におけるマルチマテリアル化・電動化への対応を進めることに加え、DXを活用した事業のリーン化と顧客のBCPに貢献する提案力強化を推進。また、全社サステナビリティ重要課題(マテリアリティ)として、中期経営計画に4つ目の柱、「循環型静脈事業戦略」を追加。その全社戦略のリード役として、金属リサイクルにとどまらず、これからの省資源・電動化社会に対応したモビリティ業界No.1のリバースサプライチェーン構築に注力している。ポストコロナの世界において「改めて商社という立ち位置ならではの存在価値を議論している。強みは、ものづくりサプライチェーンの動脈と静脈に一気通貫で対応し、現地・現物・現実というリアルな視点でお客様の要望に応えた機能提案をしてきたこと。急激な環境変化へのアンテナ力と不確かな未来への予見力をグローバル目線で確かな力に変えながら、そこにデジタル変革をしっかり掛け合わせ、お客様への提案力を磨いていくことが大事な使命であると考えている」(斉藤尚治・金属本部CEO)。
鉄鋼メーカーの生産量が減少すると商流はメーカー系商社にシフトされる。三井物産、住友商事、伊藤忠丸紅鉄鋼、メタルワン、カノークス、ユーザー系の阪和興業、独立系の岡谷鋼機、佐藤商事は、それぞれ自前主義から脱却し、専門性を高めつつ、独自機能を強化していく必要がある。
「2―3年後に業界の構図が一変している可能性はある。鉄鋼メーカーを含め、オールジャパンで海外市場に臨む時代が訪れるかも知れない」(商社幹部)。未来へ向けての活路は、事業構造の創造的破壊の連鎖の先に広がる。
(谷藤 真澄)