――2019年度の連結純利益は261億円で計画の330億円に届かなかった。
「上半期実績は173億円で進捗率が52%だった。鉄鋼製品事業の一過性利益計上があったため、予断を許さない状況にあると説明していたが、想定以上に事業環境が悪化し、終盤に新型コロナウイルス影響も加わった。前年度実績は353億円で、鉄鋼製品事業からの持分利益減少、炭素事業における取引利益の減少などが響いた。総合素材グループとしての初年度であり、定量・定性両面で当初計画を達成したかったが、非常に厳しい一年となった」
――定性面の取り組みは。
「総合素材グループは炭素、鉄鋼製品、機能素材の3本部で構成し、ニードルコークス、電極、鉄鋼製品、炭素繊維、塩化ビニール、硅砂、セメントなど多岐にわたる素材を扱う。事業会社など国内外の現場に足を運び、新組織として発揮すべき機能について議論を重ねてきた。三菱商事連結ベースの目線で経営資源を投入すべき事業、撤退しなければならない事業を選択し、対策を打ち始めたが、成果が出る前に事業環境が急変した」
――コロナ禍は地球規模で広がり、世界経済が深刻なダメージを受けている。本年度の収益計画は。
「新型ウイルス影響が拡大しており、合理的な算定が困難なことから、三菱商事として業績予想を公表できていない。10営業グループが事業環境を見極め、対策と効果を勘案できた段階で、責任をもって業績予想を開示する」
――さて本年度の重点テーマは。
「課題の洗い出しは完了しているので、コロナ影響も考慮しながら、本年度内に各種施策を完遂し、成長分野に経営資源を振り向けていきたい」
――全社展開する「中期経営戦略2021」では、経済・社会・環境の3つの価値の同時実現を前提とした成長を目指している。総合素材グループとしてのシナリオは。
「個々の事業といった観点ではなく、産業が抱える課題の解決に資する機能を提供していく必要があると考えている。例えば、鉄鋼業においては、中国メーカーの規模、影響が拡大している中、日本の鉄鋼メーカーは大変な苦労を強いられているのみならず、自動車、造船、電機、建産機をはじめとする製造業の国際競争力にも大きなインパクトがある。三菱商事グループは、金属資源グループが原料炭や鉄鉱石を供給、総合素材グループのメタルワンが川中の流通加工機能を果たしている。他にも産業インフラグループのレンタルのニッケンは製鉄所における機械・設備で一定の役割を担っており、石油・化学グループもさまざまなビジネスをさせていただいている。また、投資先には自動車、エンジニアリング関連事業など、幅広い鉄鋼需要産業もある。三菱商事グループの英知を結集し、新たな機能を通じて産業全体の競争力強化、変革に貢献していく」
――創造的破壊を促す本部間の人材交流も大胆に進めている。
「産業課題の解決を提案するには、俯瞰的な視線と革新的な発想で全体最適を判断し、構想力と実行力を備えた人材が不可欠。新しいグループとなってから今までビジネスをしてきた業界とは全く異なる分野での人材活用を進めている。過去のしがらみや慣習に捉われず新しい動きや試みにつながっており、同じようなキャリアを持った人材が集まっていた組織内に化学反応が起きるとともに、本人にとっても良い刺激となっているようで、今後もこうした人材活用は活発に行う。本年度末には、総合素材グループ単体の約500人の社員の3割程度がこれまでのキャリアとは異なる部署で働くことになる」
――投融資スタンスは。
「総合素材グループというと、鉄鋼や樹脂系材料をまとめて提供するワンストップショップのイメージを描きやすいが、ニーズや機能はそこにない。われわれが目指す『総合』の意味合いは、素材の枠組みを越えて物流やデジタルなど先進的技術の活用、市場開拓などの機能を総合的に追求し、産業課題の解決にしかるべく貢献して対価を獲得していくところにある。投融資は、そうしたプレミアムを実現できるところに特化していく。鉄鋼業において、コイルセンターは必要不可欠な存在であるが、求められる機能を十分に発揮できるよう、従来と異なる次元での投資を実行していく」
――メタルワンの本年度のテーマを。
「総合素材グループとメタルワンは経営戦略を共有し、一心同体となって動いている。コロナ後も見据え、鉄鋼業の課題解決に資するビジネスに傾注し、事業構造を再構築する。まず国内を優先し、そのビジネスモデルを海外に展開していく」
――メタルワンは総合素材流通となる「マテリアルワン」を目指すのか。
「メタルワンは、三菱商事にとって最大規模の事業会社であり、強固な経営基盤を確立している。将来的に他の素材関連ビジネスをメタルワンに載せることを否定はしないが、まずはメタルワンの事業構造改革が最優先」
――総合商社としてのコングロマリット・プレミアムも追求する。
「7営業グループから10営業グループへの組織改編で、社内の垣根が低くなり、柔軟な施策を講じる環境が整った。中期経営戦略に沿って、10営業グループが相互に連携し、デジタルトランスフォーメーション(DX)などを活用した、新たなビジネスモデルの構築を急いでいる」
――DX関連で三菱商事はNTTと業務提携した。
「DXによる産業バリューチェーンの変革、新たな価値創造を目指す取り組みで、産業知見とICTを補完し合うことで『産業DXプラットフォーム』を構築し、産業のデジタル化と社会的課題解決を目指していく。位置情報サービス分野で世界をリードする、オランダのヒア・テクノロジーズの株式30%をNTTとの合弁会社を通じて取得した。ヒア社が保有する位置情報データベースを活用し、車両の位置・運行状況などを可視化し、物流の最適ルートを提供するサービスを開発し、年度内に複数の実証事業の開始を目指す。素材のサプライチェーン適正化に活用できると期待している」
――コロナ禍が広がる中、先行して回復する中国市場の位置付けは。
「鉄鋼などの素材、製造業など多くの産業における中国の比重が高まっている。コロナからの回復スピードも速い。総合素材グループも現地事業を数多く展開しているが、まだ投資・リスクに対するリターンが少ないというのが実態。従前以上に、インサイダー化を追求し、収益性を高めていかなければならない」
――米国市場も懐の深さが際立ってきた。
「足元は政策が見通しにくいが、巨大な成長市場で、ビジネスを行う上でのルールも可視化しやすくカントリーリスクも低い。総合素材グループは、鉄鋼、セメント、塩ビなど北米事業のウエートが高い。インフラ関連需要は底堅く、自動車市場も回復が見込まれている。引き続きターゲット市場として、経営資源を投入していく」
――新型ウイルスに関しては、国内企業で先駆けて在宅勤務に踏み切った。
「本店・国内拠点に勤務する全社員を対象に2月28日から『原則、在宅勤務』体制に入った。政府の緊急事態宣言は5月25日に全面解除され7月からは、在宅勤務中心の体制から社員、グループ企業、取引先など関係者の感染不安・リスクを最小限にした上でより柔軟な勤務体制へと移行する。当面この体制を継続し、最終的には生産性が高い創造的な事業・業務が推進でき、そのための人材を育成できる新たな勤務体制の確立につなげていく」(谷藤 真澄)