――世界は景気後退局面において新型コロナウイルス感染症が拡大し、大混乱が続いている。
「『アメリカ・ファースト』を主張するトランプ大統領の就任によって、米欧大陸の相互不干渉を提唱した、かつてのモンロー主義が米国で再燃。米国と中国の覇権争いが深刻化する中で、新型ウイルスが発生し、自国中心主義に拍車がかかった。新型ウイルスはワクチンが開発途上で、治療法も確立されていない。ロシア、インド、南米やアフリカでは感染が拡大している。韓国や中国では第2波が訪れており、混乱が収束する見通しが立たない状況にある」
――世界経済が収縮している。
「世界の多くの国々で外出が禁止され、経済活動が著しく停滞。サプライチェーンや物流は寸断され、経済は実質的にブロック化に向かい、自国生産回帰の重要性が指摘されている。欧米、日本など先進国経済が停滞し、中国を除くBRICs諸国も先行きがまったく見通せない状態にある。ASEAN、ブラジルなど南米、アフリカでは自国通貨安や資源の需要減なども加わり、混乱が深まっている。今後は先進国と途上国の経済格差が広がるだろう」
――各国政府は感染拡大防止策と金融支援策で手いっぱい。
「各国の中央銀行が金融緩和策を打ち出し、政府は個人・企業の金融支援に追われている。大統領選を控える米国は経済活動再開への圧力が高まり、欧州でも外出規制などを緩和する動きが見られるが、各国政府は景気浮揚策としての追加の財政出動を迫られる。欧州連合は仏独の提案で5000億ユーロの財政支出の検討に入った。財政を支える税収が落ち込んでおり、政府の景気刺激策には限界がある。企業収益が悪化し、個人所得も減少する中、設備投資や個人消費も落ち込むと考えれば、世界経済は停滞期に入る」
――輸出立国の日本は厳しい局面を迎える。
「政治の思惑が絡み合ったグローバリズムとナショナリズムのせめぎ合いの中で、グローバル化の流れは続く。一方で、地産地消や自国中心主義といったナショナリズムの高まりによって、日本からの輸出環境は悪化するだろう」
――鉄鋼貿易については。
「米国の通商拡大法232条に端を発し、世界の鉄鋼業はすでに『保護貿易主義』というウイルスに冒されていた。コロナショックで地産地消、自国生産化が進展し、保護貿易への流れは強まるだろう。ただし、原料炭や鉄鉱石が特定の地域に偏在していることから、たとえ保護貿易主義が強まり自国生産の流れが進んでも、原料から中間製品までのグローバル・サプライチェーンは維持されるだろう」
――原油価格は一時的に暴落したが、鉄鋼業の価格指標は比較的安定している。
「4月のOPECプラスの減産協議決裂を契機に油価は下がり始め、コロナショックによるガソリンやジェット燃料の需要減が拍車をかける格好で急落した。つまり需給バランスの崩壊が主因だった。鉄鋼については、10年以上前から中国が世界の鉄鋼生産の過半を占めており、中国の需要によって原料、鋼材の価格が変動する市場構造になっている。不幸中の幸いというべきだろうが、新型コロナウイルスの起点となった中国がいち早く経済活動再開を模索。中央政府の景気刺激策で建設需要は回復し、販売奨励金により自動車生産も持ち直しつつあると聞く。中国は『世界の工場』として経済成長を遂げて世界第2位の経済大国となってきたが、国内完結型の市場を形成しつつある。その結果、中国は鉄鋼原料を大量に輸入し、高水準の鉄鋼生産を続けている」
――19年の世界粗鋼は18億7000万トン、中国は9億9600万トンで最高記録を更新。本年はウイルス影響で一時的に減少したが、5月上旬には年10億トンペースとなっている。
「リーマン・ショック後、ホットコイルの国際市況は大幅に落ち込んだが、新型感染症の影響はトン500ドルから400ドルの2割程度の下落にとどまっている。中国が高生産を続けることで原料の国際相場を下支えしている。また、足元、中国の鋼材在庫は縮小しており、輸出に振り向けられている様子もなく国内で消費され、とくに建設分野の需要回復が先行しており、鋼材の国際相場を支えている。中国の輸出価格は丸棒がホットコイルより高く、瞬間的だろうがビレットを輸入している。『中国が鉄スクラップ輸入規制を緩和する』といった情報も流れ始めている。世界規模で見ると自動車、電機、船舶など製造業分野の鉄鋼需要は落ち込んでいるが、原料・鋼材価格の底割れはなくなったのではないか」
――国内の鉄鋼需要はリーマン・ショック前までの8000万トンが6000万トンに縮小し、1億2000万トンだった全国粗鋼は1億トンに減少している。
「2018年度までの国内鋼材消費は6000万トンで、うち2000万トンが建設、4000万トンが国内の製造業、うち1000万トンが間接輸出。直接輸出が4000万トンあって、1億トン強の日本の粗鋼生産を下支えしてきた。主な輸出先である新興国においては経済成長の鈍化、地産地消や自国生産化が進展し、日本からの間接輸出、直接輸出は少なからず影響を受ける、というのは鉄鋼業界の衆目の一致するところだ」
――日本の高炉メーカーは、内需縮小が続く中で老朽化した設備の更新を迫られる「設備構造不況」から脱却する手立てを講じている。
「日本の製造業は、造船、電機、半導体などの分野で中国や韓国、台湾の企業に世界トップの座を奪われ、設備投資は縮小している。内需縮小は、日本の構造問題であって、日本製鉄、JFEスチールも新型コロナ以前に設備の合理化を本格化している」
――阪和興業は、10年以上前から国内の鉄鋼需要縮小を見据えた対策を本格化していた。
「08年のリーマン・ショックで内需が大幅に減少したが、当社は強みだった国内の中堅・中小企業との取引強化によって国内市場を深耕する戦略を打ち出した。『M&A+A(アライアンス)』戦略を通じ、鋼材流通に不可欠な機能を徹底的に強化する『そこか(即納・小口・加工)』戦略を推し進めてきた。具体的には、在庫や加工などの機能と地場の商権を持つ中堅・中小企業の要請に応じて関係強化することで、手間やコストなどの面で対応できていなかった市場を深耕してきた。内需が6000万トン規模に縮小する中でも取扱量を増やしてきた」
――鉄鋼メーカーの構造改革を受けて、流通の再編も本格化する。
「2010年のダイコースチールへの資本参加以降、西日本ではすばる鋼材、カネキ、廣内圧延工業、三栄金属、北陸コラム、大鋼産業、ダイサン、山陽鋼材、亀井鉄鋼など、関東ではコンクリート向け特殊金具製造のジャパンライフに出資・参画してきた。いずれも先方からの相談を受けて出資したもので、企業名や従業員を継承し、給料など待遇を改善してきている。当社は『ユーザー系商社』であり、高炉・電炉メーカーと幅広い取引があって、建材中心に鉄スクラップから鉄筋加工まであらゆる鋼材加工のメニューを取り揃えているという強みがある。現在も後継者育成のお手伝いをしている取引先は少なくない。鉄鋼業の構造不況が表面化したところにコロナショックが重なったいま、各方面から話が寄せられている。『M&A+A』戦略による『そこか』機能を強化することで、地域と共存しながら市場をさらに深耕していく」
――リーマン・ショック後、国内市場深耕と同時に海外市場開拓のための先行投資を本格化した。
「伸びる海外の鉄鋼需要を捕捉するため『東南アジアに第二の阪和を』をキャッチフレーズに掲げ、 『M&A+A』や『そこか』戦略をASEANで展開してきた。シンガポールのコスモスチール、ベトナムのSMCトレーディングなど現地の有力流通企業との資本提携をASEAN諸国に広げ、鉄鋼メーカーとの合弁事業を拡大することで地場の需要開拓に注力してきた。海外展開は他商社に大きく出遅れていたので、タイ、ミャンマー、マレーシア、フィリピンを含めて各国に提携先、出資先を開拓し、ベースキャンプを確保してきた」
――資源投資も積極展開している。
「世界最大のステンレスメーカーとなった中国の青山控股集団とのインドネシアのニッケル銑鉄からのステンレス一貫事業は順調で、ニッケル・コバルトを利用した二次電池向けの材料生産の合弁QMB事業に発展。また青山グループと徳龍鋼鉄グループがインドネシアに新設した高炉一貫普通鋼メーカー、徳信鋼鉄に10%出資した。徳信は、第1高炉が本年3月に出銑を開始し、第2高炉が6―7月に稼働すると年産350万トン体制を確立する。第1高炉はビレット・丸棒・線材を150万トン、第2高炉はスラブを200万トン生産する計画。インドネシアは500万―600万トンの鉄鋼半製品を輸入している。この代替を目指して、おもに国内のリローラーに販売する。そのリローラーの製品販売も手掛けるなどシナジーが連鎖していく」
――ニッケルに加えて、クロム、マンガンなどにも投資を広げている。
「世界有数のクロム生産者である南アのサマンコールへの出資は2005年に遡り、フェロクロムを製造するフィンランドのAFARAKにも出資。また18年にフェロシリコン、マンガン合金を製造するマレーシアのOMホールディングスに出資した。南アではプラチナのウォーターバーグ合弁事業、電池材料ではメキシコで炭酸リチウムの生産を計画するBACANORA・リチウムに出資している」
――海外事業のキーワードは「中国」。
「中国国内の需要拡大が見込まれるが、当社では特徴ある資源投資として中国国内では供給できない資源を扱い、パートナーはすべて中国の最大手企業である。青山は世界最大のステンレス総合メーカー。QMBは世界最大の自動車用電池メーカーであるCATLの海外事業。中国国内ではステンレス加工最大手の大明国際と合弁で鉄鋼総合加工センターを浙江省に開設。ステンレスは、クロム、ニッケル、スラブ、ホットコイル、冷延鋼板、製品流通までのグローバル・サプライチェーンを構築している」
――脱炭素社会への対応、地産地消など時代の要請があり、鉄スクラップ、電炉プロセスへの関心が高まっている。
「中山製鋼所、東京鋼鉄に資本参加して、鉄スクラップと電炉製品の扱いを増やしている。金属原料としては、アルミ、銅、鉛、亜鉛など非鉄リサイクル事業をグローバル展開している。国内では正起金属加工、日興金属を子会社化。インドネシアでは現地企業との非鉄リサイクル事業に進出し、タイでは独自の金属リサイクル事業(ハンワメタルズタイランド)を立ち上げ、また、Eスクラップなど都市鉱山からの貴金属回収ビジネスも広げるべく、オランダでは金銀滓の受入リサイクル事業にも投資している」
――20年3月期は連結経常損益が125億円の赤字(前期233億円の黒字)となり、初の経常損失を計上した。
「サマンコールに関する持分法投資損失349億円を計上した。鉄鋼の販売数量は82万トン減の980万トンと1000万トンを切ったが、平均単価は鉄骨工事が全体を押し上げて2000円アップの9万6000円強となった」
――サマンコールの事業性について。
「クロムは世界の埋蔵量の約7割が南アに偏在している。サマンコールは、中国の国営金属資源の大手会社シノ・スチール(中鋼)が主体となっており、同社が中心となって製造コスト削減策を推進している。当社は減損処理も完了しているので、今後の回復に期待している」
――今期スタートする中期経営計画のメインテーマと収益目標は。
「前中計は、2兆1000億円を目指していた売上高をほぼ達成したが、350億円を目標に掲げた経常利益は課題が残った。3年間500億円の投資計画は、大幅に上回る768億円を実行しており、今中期では国内外の投資成果を刈り取っていく。コロナ後を見据えて、経常利益500億円達成に向けての長期的なロードマップを描いていく」
――経常利益500億円の手応えは。
「前期の一過性要因を除いた実力ベースの経常利益は234億円だった。南アのサマンコールやウォーターバーグ、インドネシアの青山、徳信、QMBなどの事業利益、トレード収益を積み上げていくことで、コロナ終結が前提だが、5年から先の将来には達成できる」 (谷藤 真澄)