――経営環境認識から。
「昨年4月の社長就任時に、不確実性が高まり、米中貿易摩擦の影響、アジアの需要停滞、日本市場への輸出拡大などの不安要素が払拭されず、厳しい経営環境が続く可能性があると指摘した。残念ながら、その通りになってしまった。加えて昨年7月に、記者の皆さんに『原料高の製品安』という新たなかたちの中国リスクが顕在化し、長引くだろうという話をしたが、それも現実のものとなっている。C&Fベースのホットコイル国際市況がトン450ドル前後であれば、鉄鉱石のスポット価格は従来40ドル程度だったが、80ドル前後での推移が続いた。当社は『売る力』と『つくる力』の回復途上で『原料高の製品安』に見舞われ、収益が大幅に悪化している」
――足元を含めた新年の環境認識を。
「米中貿易摩擦の影響で世界経済が後退する中、中国政府はニューノーマル経済へのソフトランディングを図るため景気対策としてのインフラ投資を続けざるを得ない。つまり『原料高の製品安』という厳しい環境は続く。昨年後半から改善した要素としては、ベトナムを除くASEANで鋼材在庫調整が進展し、鋼材市況が底を打った。本来であれば、景気循環に左右されず、人口が増えているインド、中近東、アフリカなどは社会インフラ整備のため鋼材需要が増え続けるはずだが、インドは政策不況、中東は油価低迷で伸び悩んでおり、他の国々の落ち込みをカバーするだけの勢いがない。ワールドスチールは20年の世界の鋼材消費が前年比2%弱増えると予測しているが、昨年9月上旬にまとめた見通しであり、その後の環境変化を踏まえると期待はできない」
――中国の鉄鋼需給が国内マーケットに与える影響が極めて大きくなっている。
「中国の建設需要は旺盛だが景気対策による公共工事がメイン。地方は資金不足で支払いが滞っており、工事の受け手が出てこないという話も伝わってきている。自動車など製造業はすでに減速している。建設需要がピークアウトすると、国内で消費されている鋼材がASEANや日本市場に大量に輸出される可能性はある」
――中国政府は鉄鋼生産設備の過剰能力問題は解決したと言っている。
「1億5000万トン能力の設備調整を実施し、地条鋼淘汰を含めて3億トン規模で粗鋼生産能力が削減され、世界で7億トンと言われていた過剰能力は4億トン程度に縮小しているという整理となる。中国では、製鉄所を新設する際に旧設備との生産能力をプラスマイナスゼロにするよう指導しているが、これが守られていないため、中央政府は昨年11月から新たなガイドラインを発動している。加えて、中国の鉄鋼メーカーがASEAN諸国で、その国の内需を大幅に上回る鉄鋼生産設備を打っており、いわば過剰能力構造の輸出が続いている。12月上旬に梶山経産相と鉄鋼連盟加盟企業との懇談会があり、その場で、こうした問題点を指摘し、二国間対話などの場で改善を要請してほしいとお願いした。中央政府は国営鉄鋼メーカーには収益改善などの指導を強化し、業界再編を促しているが、民営鉄鋼メーカーもあって、政府の指導がすべてに通じるといった予断を持ってはいけない。中国の大型一貫製鉄所の多くは2000年以降に建設されている。つまり20年を経過して、減価償却が進み、ワーカーの腕も上がってきて、競争力が高まってくる。ビッグデータの時代であり、大手の国営鉄鋼メーカーの情報がすべて北京に集まっている。これまで以上に中国の動向をしっかりウォッチし、われわれも技術力で先行し続けなければならない」
――昨年4月に100%子会社化したばかりの日鉄日新製鋼との合併を決め、製鉄所組織の再編統合にも踏み出す。
「日本は6000万トン規模の内需をかろうじて維持しているが、1人当たりの消費量が約500キロと先進国としては高い。6000万トンの内訳は3分の1が建設、3分の2が製造業。製造業のうち4割が自動車。日本の自動車メーカーの競争力は高く、完成車輸出、部品輸出も多い。こうした間接輸出が1人当たり500キロの消費を支えている。世界の自動車産業ではCASEなどの大きな構造変化が起きている。高炉メーカーとしては、国際マーケットにおける日本の自動車メーカーの生産分布を見極めた上で、需要が伸びる鋼材を開発し、安定供給していく必要がある。ただ日本国内の自動車生産が大幅に伸びるとは考えにくいし、電動化が進むとすれば完成車、部品輸出ともに鉄鋼の消費原単位は低下する可能性がある。日本製鉄グループの粗鋼能力は5000万トンを超える規模がある。6000万トン規模の国内鋼材消費量がさらに縮小する可能性がある中で、5000万トンを超える粗鋼能力を維持するには輸出をさらに増やす必要があるが、海外の国々が自国産化を目指す流れに逆行する。中国の鉄鋼メーカーの勢いを考慮すると、まず日本国内のコスト構造を抜本的に立て直さなければ国際競争に勝ち残れない。同時に国内の設備能力の適正化を進めていく必要がある」
――オールジャパンで取り組むべき需給構造問題であるが、時間は限られている
「ソフト面の組織、ハード面の製造設備を同時に見直していく。ソフト面については、4月1日付で16製造拠点を6製鉄所に統合・再編する。製鉄所組織を大括りした上で、2人―3人だった所長を1人にして、意思決定力、現場の課題解決力を強化する。例えば管理者が複数の地区を見ることになるが、そうすることで管理、技術に関する感度を引き上げていく。東日本(ひがしにっぽん)製鉄所となる鹿島と君津は近隣地区にあって、薄板、厚板など同様の品種をそれぞれ製造している。製造現場における最大の課題である設備老朽化の対策投資も同じように行っている。バラバラだと限界があるが、一緒にすることで業務や工事を効率化できる。九州製鉄所になる八幡と大分も連携をもう一段強化できる。ハード面については成案を得てから公表する」
――海外事業の競争力は。
「グローバル事業展開力は世界トップ。ASEAN、インドなど成長マーケットの当面の需要増を取り込む体制はすでに確立している。新たなことを仕掛ける必要はないが、むしろ既存事業について、当初のミッションがなくなった事業、本体とのシナジーを見込めない事業、赤字構造から抜け出せない事業については見直しを急いでおり、本年は事業撤退を含めて判断する」
――インドではエッサールの買収を完了した。
「社運をかけた一大プロジェクトであり、自国産化が進むインド市場における鉄源一貫プロセス資産を最大限に活用していく。買収のパートナーであるアルセロール・ミッタルは、北米等で合弁事業を展開し、長年にわたる信頼関係を構築できており、買収企業の再建については豊富な実績を持つ。当社は世界最先端の製鉄技術を持つ。プロセスの最適化による能力拡大、コスト削減、品質改善を推し進めていく」
――「売る力」についての現状認識は。
「『売る力』は、ひも付き価格の適正化、適正マージンの獲得であると定義している。マージンの高さで数量減をカバーできるが、マージンの低さはフル生産でカバーしきれない。国内・輸出を含めて全体の6割がひも付き分野、4割が市況分野。市況分野に関しては、価格変動をコントロールできない。安定供給などトータルパフォーマンスで少しのプレミアムを確保するのが精いっぱい。ひも付き分野は、需給がタイトだから価格が上がるというわけではない。商品の価値とトータルソリューションの提供、つまり価値と貢献に見合い、設備・研究開発投資を継続できる適正な価格水準の確保を目指している。世界の鉄鋼生産は約18億トン、自動車生産が1億台で、全体の5%程度。中国は8億トン、2500万台で3%程度に過ぎない。日本は、高炉メーカーの市場である製造業の4割を自動車分野が占めており、価格交渉が極めて大きな意味を持つ。レベル感としてはまだまだ不十分ではあるが、実績も出つつある。のちに振り返ると、令和元年はひも付き価格是正の大きな一歩を踏み出した、改革元年と位置付けられるだろう」
――「経済生産」にシフトした。
「需要に対する過剰な設備能力を抱えて、ラインを埋める注文を求めることは、経営として不要なプレッシャーを営業にかけてしまう。輸出を含めて市況分野への依存度を引き下げ、ひも付き分野へと品種構成を高度化しながら、需要に見合った適正能力に見直していく過程であり、最適生産・出荷規模を追求する『経済生産』にシフトしていく。だからこそ主力のひも付き分野における適正価格の形成が極めて重要な意味を持つ」
――鹿島のUOを休止し、広畑のブリキの設備休止を決めた。
「UO鋼管の品質つくり込みは母材の厚板で決まり、UO製造プロセスで技術の差別化が図りにくい。ガス・オイル輸送など海外のエネルギー分野がメインで、原板の厚板とUO鋼管とでは輸送コストが大きく異なる。中東や北中米などの需要地で厚板ミルやUO鋼管ミルが新設され、日本からの輸出が難しくなって需要が減るため鹿島のUO鋼管工場を休止した。ブリキは国内の飲料缶向け需要が減少する中、商品開発や新規需要開拓に努めてきたが、ブリキ3ミルの操業率が低下しており、広畑のラインを休止して、八幡と名古屋の2ミルに集約する」
――一方で、八幡と広畑の電磁の能力増強を決めた。
「高級方向性電磁鋼板の需要家であるABBなど海外の重電大手は、世界各国で大型トランスを製造しており、品質面での競争力があれば、適正利益を確保した上で日本から輸出できる。シームレス鋼管も同様で、ガス・オイル掘削の油井管は中東、北中米、北海など世界中で高級品の需要があるため、和歌山のシームレス鋼管、尼崎の特殊管の投資を続けている」
――設備と事業の「選択と集中」は今後も続く。
「経済生産によって品種構成を高度化していく中で、投資を通じて強化する設備・事業、休止する設備、撤退すべき事業を見極めていく」
――単体5000万トンの粗鋼能力について、3-5年で姿を大きく変えていくのか。
「品種ごとの圧延設備の集約に伴い、粗鋼能力の持ち方も見直さなければ、コスト構造は改善しない。もう少し長いスパンで見ると、脱炭素社会への対応を迫られており、鉄源の持ち方の見直しも必要となるだろう」
――設備老朽化への危機感は強い。
「大きな曲がり角に来ており、経営判断を間違えないようにしなければならない」
――高炉メーカーにとって脱炭素社会への対応、つまりCO2削減は非常に大きな意味を持つ。
「電力料金が高い日本においては、品質面のみならずコスト面でも高炉プロセスが有利である。10月に開催された世界鉄鋼協会のメキシコ大会では、テチントのロッカCEOがホスト国としての基調講演で、『CO2削減は社会からの要求ではなくて、操業を続けるためのライセンス、資格である』と強調していた。ロッカ氏は『鉄スクラップの流通システムが進歩し、シェール革命でガスも安価で大量調達できる。電炉プロセスや天然ガスによる直接還元鉄を含めた鉄源ミックスが求められている』と指摘。来年の上海大会では、中国鋼鉄工業協会が中心になって、鉄鋼業における地球環境対応をメインテーマのひとつに設定することになった。これが世の中の潮流であり、鉄源構成は鉄鋼メーカーとしての事業存続を左右する大きな要素となってくる」
――エッサールは、高炉に加えて、電炉、ガス還元鉄のMIDREXプラントの製鉄プロセスを保有している。
「エッサールは、カタールから調達していたガスのコストアップで経営が不安定になっていった。その後、ガス価格は大幅に下落している。エッサールはペレット工場も保有していることから、還元鉄プラントの収益性は大きく改善しているはずだ」
――原料炭と鉄鉱石を輸入して日本の高炉で鉄源を生産しているが、海外鉄源を輸入することも可能。
「たとえば鉄鉱石の産出地で、もしガスがなければ輸入して、直接還元鉄を生産することもあり得る。還元鉄を輸入すれば、コークス炉、焼結機、高炉が不要となる」
――電炉プロセスを広畑に導入する。
「現在の溶解炉・転炉による冷鉄源溶解プロセスを、エネルギー効率に優れ、よりフレキシブルな生産が可能な電炉プロセスに刷新する。広畑で電炉プロセスによる高級鋼板のつくり込みを実践するが、将来に向けて電力が安くて高級スクラップが大量に発生する地域で電炉・薄スラブ連鋳による高級鋼板を安定生産する技術と知見を積み上げておきたい」
――ステンレスは日鉄ステンレスに集約したが、特殊鋼分野の強化策は。
「平成時代の約30年で日本の国内鋼材消費は9400万トンから6000万トンと3分の2に縮小したが、特殊鋼は減っていない。日本の特殊鋼や自動車部品などの品質競争力が圧倒的に高いためだ。中国、韓国の大手鉄鋼メーカーも追随できていない分野で、非常に重要な分野となっている。中国の大手も特殊鋼の重要性を認識し、カギを握る製鋼技術の開発を急いでおり、油断はできない」
――「日鉄特殊鋼」グループによる競争力強化が注目されている。
「当社は室蘭、小倉で特殊鋼棒線を製造しており、八幡に導入する新連続鋳造設備からブルームを供給することで小倉の鉄源コスト高を解消できる。子会社化した山陽特殊製鋼の本社姫路工場、室蘭、小倉はそれぞれ得意分野があり、生産分担するかたちで品種構成を組み替えていく。山特の欧オバコ、印マヒンドラとのシナジーを引き出していくことでグローバルネットワークも構築できる」
――国内の普通鋼電炉業界の再編については。
「当社グループの再編・連携はある程度進んでいる。大阪製鉄、合同製鉄、トピー工業などグループ各社は収益をしっかり確保している。地産地消型ビジネスなので、単純に一緒にすればコストが大きく下がるということにはならない」
――非鉄セグメントの機能も重要。
「日鉄エンジニアリングは売上高が3000億円規模で伸びず、利益は後退しており、一つの課題となっている。日鉄ケミカル&マテリアルは製鉄化学分野で世界的にも強いポジションにあり、新素材分野も事業規模が拡大しているが、コールケミカル事業の将来の発展性を考えていく必要はある。日鉄ソリューションズは安定した収益基盤を構築済みで、グループIT基盤の強化にも貢献している」
――日鉄物産への期待を。
「旧日新製鋼グループとの統合によって、ステンレス、建材薄板、加工分野は厚みを増す一方で重層構造になる。他商社と乗り合いになっている分野もあるので、日鉄物産が主導権を持って整流化することで、シナジーを効率的に引き出していきたい。統合会社なので、リスクを抑えながら経営資源をうまく配分し、持続的成長を図ってもらいたい」
(谷藤 真澄)