■激化する生存競争
「宝山鋼鉄が2016年に増産を計画する理由は何か」。中国鋼鉄工業協会の劉振江秘書長は4月7日の協会会議で不満を露にした。能力調整と鋼材価格の緩やかな上昇に努めなければならないと訴えたのに宝鋼と華菱鋼鉄、撫順特殊鋼は増産するという。
中国政府は20年までに鉄鋼能力1億―1億5000万トンの削減計画を定めた。需給構造を変え、企業収益を改善し、地方財政の負担を軽減する。新規能力が増えなければ1億トン強の需給格差は埋まるはず。改革に逆行する増産は劉秘書長ならずとも不可解だが、同3社に共通するのは自動車用の鋼材だ。
中国の自動車生産台数は15年に2450万台と過去最高を記録。16年1―2月累計は407万台と前年同期比3・7%増え、宝鋼の自動車用鋼板の製造ラインはフル操業。他の企業も需要が増え、付加価値が高い自動車用鋼の生産を増やそうとしている。
生き残るには高級鋼市場を取り込む力が必須だ。菱鋼はアルセロールミタル、鞍鋼は神戸製鋼所、重慶鋼鉄は韓国POSCOと合弁で自動車用鋼板を製造。宝鋼と武鋼は華南地区に最新鋭の大型製鉄所を建てつつある。
市場に対応できない企業は下位に回り、淘汰される。付加価値の低い建設用鋼材を造る民営企業が次々と破綻している。需要が減り、鋼材価格が下がり、ゾンビ企業淘汰への中央政府の監督は厳しく、銀行や地方政府による支援は断たれる。
■破綻する国有企業
16年3月28日。遼寧省政府系企業の東北特殊鋼集団はコマーシャルペーパー(CP)が償還できず、国有企業初のデフォルト(債務不履行)となった。省政府と銀行団は事前に対策を協議したが、「24日に東北特殊鋼の董事長が死去し、デフォルト回避が困難になった」(国家開発銀行幹部)。15年の経済成長率3%と地域別最下位の遼寧省に余裕はなく、中央政府が促すゾンビ企業の淘汰を率先して実行した格好。東北特殊鋼は4月5日満期のCPも償還できず、2度目のデフォルトとなった。
地方政府系企業の破綻は他にも表面化している。天津市政府は債務1920億元を抱える渤海鋼鉄集団の債権者委員会を3月に開き、債務処理と再建に向けた改革に向け銀行団と協議に入った。渤鋼は15年の粗鋼生産1627万トンと国内9位。持ちこたえられなくなった国有企業の整理が始まったようだ。
中央政府系大手も例外ではない。武漢鋼鉄集団は傘下の武鋼股份の従業員8万人を20年までに3万人に削減する。鞍鋼集団は従業員約16万人を18年までに10万人以下にし、河北省政府系の河北鋼鉄集団も従業員12万人のうち5万人を非鉄鋼事業に移す。
「POSCOの1人当たり粗鋼生産は約2200トン。宝鋼約1000トン、沙鋼約1200トン。湛江鋼鉄は2000トンを準備するが、中国の平均は500トンに届かない」(劉秘書長)。大規模リストラで国際競争力を高め、鋼材輸出を有利にし、海外での製鉄所建設に乗り出す戦略だ。
■不十分な雇用対策
中央政府が進める鉄鋼能力削減によって50万人が失業すると冶金工業規画研究院は試算する。中央政府は雇用対策に1000億元(約1兆7000億円)を拠出。うち300億元を鉄鋼業に充て、1人当たり6万元となる。大手鉄鋼メディアの中国冶金報が3月に開いた座談会で雇用対策費が話題に上った。
「少なくとも1人10万元。能力300万トンの工場で約5000人、5億元が必要」(河北縦横鋼鉄集団の孫紀木董事長)、「中央政府の1000億元では足りない。能力解消は地方政府と企業にも責任がある」(沙鋼集団淮鋼特鋼の何達平副董事長)、「補助金を給料や社会保険の不払いに使うのは良くない。給料を払う企業は補助金をもらえない。給料不払いを肯定してしまう」(冶金工業経済発展研究センターの劉海民副主任)。
民営大手の建龍重工集団の張志祥董事長は「政府が管理しすぎ。資源配置の主導権を市場に渡すべきだ」と主張。劉副主任は「地方政府は行政権力を使いすぎず、赤字の国有企業は撤退させるべき。鉄鉱石を輸入し、鋼材を地元で消化できず他地域に販売する内陸の企業は逆転できない」と強調するが官民の地盤の差は大きい。
新中国を支えてきた70年の産業史を塗り替えるのにどれほどのエネルギーが要るのか。宝鋼と武鋼の合併は噂の域。地方経済と深い根でつながる鉄鋼の再編は容易でなく、雇用対策費の増額や改革期間の延長が早くも議論されている。改革の入り口はくぐったが、出口は見えていない。
(植木 美知也)