山村「続いて今後の見通しを。世界経済にとって最大の課題は中国の景気動向。3月の全人代では6・5%の安定経済成長を目指す方針が改めて示された。今後の中国経済をどう見ていますか」
柿木「まず中国経済については、悪い悪いと叩かれ、壊滅的だという人もいる。ところが、とくに華南地区などで顕著だが、自動車の生産・販売台数は増え続けている。造船や機械、建機など企業の設備投資に伴う重厚長大型の製造業は厳しい。一方、自動車など個人消費につながる分野は、一時ほどの勢いはないかもしれないが、さほど悪くない。訪日客の爆買いをみても、トーンは少し低下したが、消費マインドは依然として強い。高成長期から6・5%の安定成長期への移行期に入り、鉄鋼業、鉱山、造船など重厚長大産業から、それ以外の産業への雇用移転を進める構造調整の痛みの時期を迎えている。かつて日本も相当苦しんだが、この構造調整をキチンと乗り切っていくと期待している」
山村「中国の過剰生産、過剰輸出の問題は、全人代で鉄鋼業界の構造改革として、1億―1億5000万トンの設備能力削減が表明された。この構造改革策の進展、推移はどうなるでしょうか」
柿木「確かにこれまでの中央政府の施策は、雇用維持を図りたい地方政府の意向が強く、実効性がなかった。今回、2月初めに国務院から示された施策は、5年間で1億―1億5000万トンの鉄鋼生産設備能力を削減するという具体的な数値目標を盛り込んだ。また1000億元、1兆7000億円の資金を鉄鋼、炭鉱労働者の雇用移転に使うという支援策も提示している。これら2つの具体的な数値目標がでてきたという点で、これまでと大きく異なる。実行されるかどうか、期待をもって見守っていきたい。かつて高度経済成長期には川鉄、NKKそれぞれに4万人の社員がいたが、経営統合も経て1万5000人になっている。われわれの時も雇用調整助成金があった。ただ180万人(鉄鋼50万人+石炭130万人)もの失業期間中の対応、雇用調整だけでは問題の解決にならない。次の新たな産業での雇用を確保される、いわゆる雇用移転が進まなければならない。雇用移転の道筋ができれば、1億トン規模の設備能力削減が実効性を伴ってくる。鉄鋼や石炭産業の従事者がすぐにIT産業で働けるとは考えにくい。訓練期間などを考えると一定の時間はかかると思うが、基金が設立されたことは、ひとつの明るいニュースだと受け止めている。180万人の雇用が移り、1億5000万トンの能力削減が実行されれば、次のステージも見えてくる」
山村「中国の鋼材市況が、昨年末あたりから反発の兆しを見せている。一時的な現象なのか、それとも上昇基調に入ったと期待して良いのでしょうか」
柿木「一時的な現象ではないと思う。なぜなら、ほとんどの中国ミルが赤字に転落し、鉄鋼業の赤字は1兆円を上回る規模に達している。キャッシュを確保するために採算を度外視して鋼材を一方的に押し付けていたが、再生産可能なレベルへの値戻しが始まっている。ただ市況が上がって再生産が可能になると、休止していた設備が再び動き出すのが中国の特徴。ジグザグを繰り返しながらも底値が切り上がり、その間に設備廃棄が進展し始めるという好循環への構造転換を望みたい」
山村「原油価格が急落し、鉄鉱石はピークの170ドルから40ドル台へ、原料炭、鉄スクラップ価格も大幅に値下がりしている。鉄鋼原料、鉄スクラップ価格の動向をどう見ていますか」
柿木「鉄鋼メーカーの立場からすると、原料価格は低位で安定してほしい。鉄鉱石はリオ・ティンとBHPビリトンなどメジャーサプライヤーが、中国の生産拡大を前提とした生産設備の拡充を終えていて、コスト競争力もあるため減産姿勢を見せていない。さらにロイヒルなど大型プロジェクトが動き出し、供給サイドは余力がある。一方、需要サイドは、世界の生産は伸びるものの、全体の半分を生産する中国の生産が15年は8億400万トンと14年に比べて2000万トン減少し、本年も減少基調にある。設備淘汰が進めば、もう一段減るだろう。大手サプライヤーが製造コストギリギリまで下げるかどうかは分からないし、3月に入って30ドル台から60ドル台に上昇するなど、足元では乱高下をしている。一方、原料炭は閉山が続いており、そろそろ下げ止まるのではないか。鉄スクラップは1万4000円から1万7000円台に回復している。鉄鉱石も、緩やかな下げはあるものの、大幅に下がることはないだろう。いずれも、ある水準で底値を確認することになるだろうが、需給環境からすると大きく上昇するとは考えにくい」
山村「日本国内は消費税増税後の需要回復が遅れている。2020年の東京オリンピックまでは一定の需要が見込めるとは思うが、まず足元の2016年から20年までの鋼材需要、市況見通しを」
柿木「16年度は下期にかけて内需が緩やかに回復すると見ている。海外の下振れ要素を考慮し、全国粗鋼生産は15年度並みの1億500万トン程度になると見ている。公共投資は減るが、個人消費が戻り、東京五輪関連需要が下期にかけて出てくる。17年4月に再増税があるとすれば、駆け込み需要も発生する。日本企業は国際競争力を回復して、成長軌道に戻っている。完全雇用に近い状況にあり、安倍政権の要請を受けた賃上げなどを考えると、20年頃まで経済、鉄鋼需要ともに堅調に推移するのではないか」