世界経済が停滞局面に入り、中国の鉄鋼生産能力過剰問題が深刻化する中、日本鉄鋼業は再び試練の時期を迎えている。産業新聞創刊80周年にあたり、日本鉄鋼連盟の柿木厚司会長(JFEスチール社長)との記念対談を実施。世界・日本経済の見通し、中国鉄鋼業の動向、日本鉄鋼需要見通しなどを通して、日本鉄鋼業が力強い復権の道筋を歩むための手立てを聞いた。(聞き手=産業新聞社代表取締役社長山村俊郎)
山村「さて世界経済、鉄鋼業界は大きな転換期を迎えている。本日は柿木鉄連会長に将来を見据えた日本鉄鋼業の課題と展望をお聞きしたい。10年前の70周年記念対談で当時の三村明夫・鉄連会長は、鉄鋼業界の現状について『中国経済の先行きと鉄鋼過剰能力に懸念はある』と指摘した上で、『世界経済は力強く回復してきている。鉄鋼業を取り巻く環境は、しばらくよい状態が続くだろう』と話していた。その通り、世界同時好況はその後も約2年半続いたが、10年後の現在、リーマン・ショック、東日本大震災などを経て、中国鉄鋼業の供給・輸出過剰問題もあり、鉄鋼業界は極めて厳しい環境に置かれている。まず、この10年間の世界、日本の鉄鋼業の評価、総括から」
柿木「中国の経済成長が始まるまで、世界の鉄鋼業は粗鋼生産が7―8億トンで推移する『停滞の25年』の厳しい環境下で苦しんでいた。それが、2003年頃から中国の経済成長が本格化し、その急成長に日本も含めた世界全体が牽引された。BRICsなどの新興諸国の時代が到来したなどといわれていたが、振り返ってみれば、いずれも資源国であり、急成長する中国に鉄鋼・非鉄原料を供給することで成長するという構図だった。米国でリーマン・ショックが起こったが、当時は中国もまだ体力があったので金融政策や財政支援策を打って、持ちこたえた。その後、現在のような混乱期に入るわけだが、ひとつの節目は2013年だった。中国の鉄鋼需要がピークに達し、14年からガクッと落ちる。一方で生産は増加を続けたため、14年の鉄鋼輸出は13年の6600万トンから9800万トンに3200万トン増加した。これを機に世界の鉄鋼需給が供給過剰に転じ、国際市況の下落、通商摩擦が一気に表面化してきた。世界的には、中国の成長が牽引してきた一つの時代が終わったといえる」
「日本については、まず生産年齢人口が減ってきた。人口構成の変化がマイナスに作用する、いわゆる『人口オーナス』の時代に入った。生産年齢人口は95年のピークが8700万人。いまは7600万で、1100万人減少した。生産年齢人口の減少は、製造業に大きな影響を与える。国内の鋼材需要はリーマン前の年間6500万トンから5000万トンに1500万トン縮小した。ただ日本の粗鋼生産量は、それほどは減っていない。自動車メーカーが海外生産を拡大するのに合わせて、鉄鋼メーカーも海外に冷延鋼板や表面処理鋼板の生産拠点を作り、そこに原板を供給してきた。リーマン前は3割程度だった輸出比率が、いまは4―5割になっており、高級鋼のウエートをより高めてきた」
山村「世界の鉄鋼市場が成長期から停滞期に移り、中国の過剰生産・輸出による国際市況の下落も加わって、世界の大手メーカーが軒並み赤字に陥っている。この間、日本の鉄鋼メーカーは企業再編、設備統廃合、研究開発力の強化などにより国際競争力を高めてきた。現時点での日本の鉄鋼業業界の現状をどう評価しますか」
柿木「アルセロールミッタルの2015暦年の連結最終損益は約80億ドル(9000億円)の赤字だった。鉱山権益の減損なども影響したが、営業損益も41億ドル(4600億円)の赤字だった。日本の高炉大手は黒字を維持しており、優位性を証明した格好だが、その要因のひとつが製造技術、ものづくり力の高さ。自動車用のハイテンに代表される商品開発力も優位性を保っている。2000年前後のゴーンショックを受けて、比較的早い段階で業界再編に踏み込んだ。JFEグループが発足し、新日鉄住金グループが誕生した。企業数がさほど減っていない業界が多い中で、いち早く洗礼を受けた高炉メーカーは、6社グループが3社グループになるというダイナミックな構造改革を進めてきた。問題はこれから。中国の湛江などで最新鋭の臨海一貫製鉄所が立ち上がってくる。技術優位性がいつまで続くかは保証されていない。技術力、商品開発力を強化し、構造改革の効果を引き出しながら、いまある優位性を保ち、差を広げることを考えなければならない」
山村「経済の現状は、中国の成長鈍化の影響が世界に広がり、原油、鉄鉱石など資源価格の下落、中東の地政学的リスクなど不安定要素があふれている。こうした中で2016年―17年にかけての直近の経済動向をどう見ますか」
柿木「確かに不確定要素が多く、先行きを見通しにくいが、IMFやOECDは世界経済が緩やかに成長すると予測している。米国は雇用統計や自動車販売などの指標を見る限り好調。欧州は地政学的リスクを抱えているものの緩やかに回復している。問題は中国で、10%前後の高成長から、新常態として目指す6・5―7・0%成長ペースに移る過程で混乱している。過度に悲観することはないが、下振れ圧力はあるだろう。アジアにおいては、自律的な成長軌道に入ったインドを除き、ASEAN諸国は何らかのかたちで中国の経済動向に左右される。世界経済全体について、様々なリスクを指摘する人は多いが、中国経済さえ巡航速度に落ち着けば、そう大きな下振れ要素はないとみている。確かに原油安、不安定な中東情勢などの影響は予測しがたいが、私自身は、中国がソフトランディングし、世界経済が大混乱に陥ることはないと見ている」
山村「米国の利上げ以降、為替が大きく変動し始め、一時は1ドル125円を超えた円安が110円台前半に戻している。今後の為替動向、鉄鋼業界への影響はどうですか」
柿木「これほどの激しい動きは理解しがたい。ある種の投機的なマネーが一気に入って、実体経済とかけ離れたところで動いている感じがする。鉄鋼業は中期経営計画と長期的な設備投資計画に基づいて動いているので、一定の水準で安定することが望ましい。高炉メーカーは原料輸入と製品輸出がほぼバランスしているが、円高が進むと、自動車など製造業が生産拠点を海外にシフトする。海外生産拠点は現地調達を志向するため、高度化された製品以外は日本から調達しなくなる。水準そのものについていえば、東日本大震災後、1ドル80円を切る超円高に苦しめられたが、個人的には1ドル120円プラスマイナス10円が妥当ではないかと思う」