鉄や非鉄などの金属が、今年にかけ大きく値を下げた。中国をはじめとする世界経済の減速や米国の利上げ、そしてコモディティ―を代表する原油の大幅下落が市場で警戒されている。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の野神隆之・調査部主席エコノミストに石油市場、関本真紀・調査部金属資源調査課長に非鉄金属市場について、現状や見通しなどを聞いた。
JOGMEC調査部 金属資源調査課長 関本 真紀氏
――石油市場について野神氏にうかがいたい。原油が大きく下げた近年の動きを振り返って。
「米国の代表的な原油であるウェスト・テキサス・インターミディエート(WTI)が、バレル当たり100ドル前後の直近高値を付けていたのが2014年6月だった。過激派組織のイスラム国(IS)がイラク第2の都市モスルを制圧し、首都バグダッドに向け進撃を始めたころだ。その後の8カ月間で、原油価格は約70%値を下げた。16年2月には一時26・21ドルまで値を下げたが、これは03年5月以来、約12年9カ月ぶりの安値水準になる。足元は30ドル台後半に戻してきた」
――当時の需給はどうだったのか。
「需要が少し下振れるのでは、との懸念はあった。最近になって若干減ってきたとはいえ、供給面ではシェールオイルの生産が伸びていた。一方、地政学的リスクは低下した。供給過剰感が強まったにもかかわらず、石油輸出国機構(OPEC)は減産に向けた努力をしなかった」
――需要の下振れ懸念とは。
「中国の景況感がどんどん悪化してきていることになる。中国の石油需要の伸びは、世界でも有数だからだ。軽油を中心に物流や製造業などで使われる石油需要は、経済成長を占う上でも重要になる。輸出入の統計が良くないことなどもあって、中国経済の減速に伴い石油需要も鈍化するのでは、との懸念が強まった。とはいえ、世界需要の伸びが減少するわけではない。原油価格が大きく下げた要因は供給側にある」
――その供給側を詳しく。
「私どもは、世界の供給を2つのグループに分けて見ている。OPECと、それ以外の非OPECだ。世界の供給に占める割合が高い、あるいは高まっていくとの観測が強まれば、OPECの力は増すといえる。彼らが標ぼうする市場や価格の安定とは、高値安定を目指すことを意味する。つまり、OPECの市場シェアが拡大するとの見方は、価格上昇のシグナルでもあり、石油市場には買いが入りやすくなる」
「12―13年ころまでは、非OPECの生産は頭打ち、場合によっては減少していくとみられていた。中国を中心に需要が伸びていく中では、非OPECからの供給分はOPECによって穴埋めるしかない。OPECのシェアが今後高まっていくとみた人たちによって、原油は買われた」
――実際にOPECのシェアは拡大したのか。
「生産量の増加が目立ち始めた米シェールオイルの存在に、市場が気づき始めたのが13年ころ。12―13年の米シェールオイルの生産は、日量100万バレルを超えるほどに大きく伸びた。米国を中心に非OPECの供給が伸びてくるのなら、OPECの市場シェアは広がっていかない」
「世界の原油供給は14年に日量165万バレル伸びたが、そのほとんどがシェールオイルだったと言って過言ではない。世界需要は90万バレルの伸び。1年間に増えた世界需要を米国の1カ国のみでカバーしただけでなく、余ってしまった。供給過剰感が強まったことが、原油価格の下落につながった」
――地政学的リスクも低下した。具体的な国とリスクの詳細を。
「ウラン濃縮問題があったイランは、欧米諸国によって12年から経済制裁を受けた。原油が売れなくなった報復措置として、世界の石油需要の2割が通過するホルムズ海峡の封鎖をほのめかした。13年から大統領がロウハニ氏になったが、最高指導者が代わらなければイランに大きな変化はなさそうだと、市場には様子見ムードがあった」
「元最高指導者カダフィ大佐の追放運動が起きたリビアでは、日量160万バレル前後あった生産が、11年8月にはゼロになった。12年に150万バレル程度に戻したものの、13年には40万バレル程度に減少した。労働条件の改善などを求めた石油ターミナルの警備兵がターミナルを封鎖したことで、操業ができなくなったからだ」
「ウクライナは産油国ではないが、西側諸国に接近しようとする政府側とロシアに近い側とで内戦状態に陥った。後者を支援していたロシアに対し、西側諸国は経済制裁を加えた。ロシアが場合によっては西側諸国に原油を出さなくなる、との懸念が浮上した」
――こうしたリスクは顕在化したのか。
「リビアについてはいまだに生産が復旧しておらず、日量40万バレルを下回っているもよう。とはいえ、現状から生産がゼロになったとしても40万バレルでしかない、と市場は織り込んでいる。ウクライナの内戦は、停戦という形に一応なってはいるようだ。原油を止めてしまうと自国の収入が減ってしまうロシアは、制裁を加えられた後も供給を続けている。イランの生産量は経済制裁とともに、日量80―100万バレル程度に落ち込んだ。ところが、ロウハニ大統領が西側諸国と対話を始めたことで制裁は解除の方向、ホルムズ海峡封鎖への懸念は大きく後退した」
「09年に外資を導入したことで、イラクでは原油の生産量が増えている。ISが暴れていたのはイラク北部だが、油田は南部にあるためほとんど無傷のまま。つまり、リビアを除く他の国々からの供給懸念は低下した」
――供給過剰感が強まった後のOPECの動きを。
「14年11月の総会で減産を見送ると、サウジアラビアをはじめとするOPEC諸国は増産し始めた。生産量の上限が日量3000万バレルの中、3100万バレルを超えたことから余計に供給過剰感が強まった。しかも、15年12月の総会では生産量の上限をなくすという話だったため、OPECは内外や形式的にも調整はしない姿勢を明らかにしてしまった。OPECや非OPECの生産がいくらでも増えるとの見方が強まり、原油価格はさらに下がった」
――ここにきて増産凍結についての話し合いが始まっている。
「2月の26ドル台から原油価格が戻したきっかけが、2月中旬に行われたサウジアラビア、ベネズエラ、カタール、ロシアの4カ国による増産凍結の話で、他の主要な産油国が合意することを前提に決定した。前者3カ国はOPECの加盟国になる。産油国の中で日量1000万バレルを超えるサウジとロシアが重要だが、1月の生産量を振り返るとサウジは史上最高に近く、ロシアは1989年4月以来の高水準だった。サウジにしろロシアにしろ、これ以上の生産量は増えにくいという高いレベルで凍結しようとしている」
「OPECが1月の生産量を維持するだけでも、そもそも原油は余る。今回の4カ国での決定は、この1月の水準で凍結するという話だ。凍結があろうがなかろうが、需給に対するインパクトは変わらない。私どもは16年について、第1四半期が191万バレル、第2四半期が144万バレルのそれぞれ供給過剰とみている」
――需給へのインパクトがほとんどないにもかかわらず、原油価格が戻りを試しているのはなぜか。
「ここにきてOPECが結束する動きを見せているからだ。結束の動きが広がればまとまってくるし、強くまとまれば実際に減産するといった妥協を探る動きになるかもしれない。このような『期待感』を織り込み、原油価格は反発し始めた」
「まとまる動きが破断すれば原油価格は再び下落する可能性があるが、4月17日にイランを除く国々で話し合いを行う予定になっている。OPECと非OPECによる増産凍結の方向は、26ドル台から値を戻しただけでなく、今も原油価格を下支えている」
――原油価格が約7割下落した影響について。世界経済に与える影響は。
「原油価格の下落は、必ずしも良いことだけではない。ミクロではプラスだが、マクロに対しては力不足といえる」
――プラスの面を。
「石油製品価格の値下がりは、原料費や燃料費などに幅広く効いてくる。特に、多くの燃料を使用する発展途上国にとっては、他に費用を使えるようになるため、経済成長にとってプラスになる。発展途上国ほとではないにしろ、先進国も同様だ」
「では、世界経済が堅調に回復していくのかと言えば、そうでもなさそうだ。中国を見ても、燃料費の高騰が経済を抑制していたわけではない。不動産部門の不振やこれまでの経済運営のひずみといった、より根本的な部分が経済減速の背景にある。原油価格が下がってきていたにもかかわらず、国際通貨基金(IMF)は1月、16―17年の世界経済成長見通しを従来からそれぞれ0・2%下方修正した」
――マイナスの面はどうか。
「原油価格下落で収入が減った産油国では、国の運営や購買力に影響をきたしつつある。また、米国が金利を引き上げる方向であるのため、産油国などの通貨が下落している。その米国では、ドル高によって製造業の統計が弱い。日本でもガソリンや軽油の価格が下がったものの、意外なほどプラスの恩恵が目立っていない」
――原油価格の下落が石油会社の破たんにまでつながるのでは、との見方もある。
「海外でそのような話が聞かれる。中堅から大手の企業であれば、自己資金がまだ結構残っているようだ。しかし、米シェールオイルの大部分とは言わないまでも、それなりの生産量を占めているのが中小企業になる。この中小が破たんする可能性はある。破たんした場合にはファンドなどが参入し、リストラやコストを引き下げることで事業を続けるとみられる。物事が前に進むという意味では、悪い話ではないのかもしれない」
「問題なのは、中小企業の多くが銀行などから多額の借金をしていること。原油価格の下落とともに中小企業の収入は減少するため、銀行などによる融資の回収が上手くいかなくなるのでは、といった見方は出てくる。金融機関は回収できるものは回収して、新たな融資は渋る可能性がある。中小企業は設備投資金額を引き下げざるを得ず、結果的にシェールオイル生産の減少幅が大きくなってしまうことは考えられる」
――中期的には需給は引き締まりそうだ。
「今の30―40ドル水準で原油価格が推移すれば、シェールオイルや在来型の油田から全ての原油をかき集めたとしても、20年ころには需要過多に転じるとみている」
――これだけ原油価格が下がれば、逆に原油を使う動きが広がって良いとも思うが。
「そのような動きが、米国などで一部あるようだ。ただ、経済が全般的に良くない中では、価格が下がっても需要の伸びは非常に限定的でしかない。原油価格が下がったことで、米国のガソリン需要は増えたが、軽油は減った。好調な経済が原油価格の高騰によって制約を受けているのであれば価格下落はプラスだが、原油以外の要因で今の経済は制約を受けている。石油市場の関係者から、原油価格が下がれば国内総生産(GDP)が刺激されるといった議論をほとんど聞かない」
「原油需要の伸びは、前年比おおよそ日量110―130万バレルとみている。14年は90万バレル、15年は176万バレルの伸びで、2年間の平均は133万バレルと例年より若干高めにとどまる。16年は120万バレル弱の見通し。価格は下がっても、需要の伸びはそこそこといえる」
――シェールオイルの生産の伸びは。
「原油価格次第になる。現状の価格水準が続けば、シェールオイルは減少する。生産を始めた年のシェールオイルはそこそこの数量を稼ぐものの、2―3年目には大きく減って、4年目になるとピーク時から10%程度になり、5年目以降はほぼ1%ずつゆっくり減少していく。16年前半は余る原油だが、後半は均衡に接近していく。第3四半期の供給過剰は日量10万バレル、第4四半期は12万バレルに縮小するとみる」
――16年後半に需給がほぼバランスするのであれば、原油価格はどこまで戻すのか。
「15年を振り返ると、年間の高値は6月の60ドルちょっとだった。60ドルを超えると、シェールオイルがフル生産に近い状態になる。現在の生産コストは50ドル弱ほどであるため、16年の原油価格は50ドルに達すれば良いほうだと思う。50ドルを超えてくれば、シェールオイルの増産があるないの結果を待たずに市場心理が弱気に傾き、原油価格は値を下げるだろう」
「OPECと非OPECによる増産凍結の話に加え、これからは夏場の米ガソリン需要を市場が感じ取ってくる。原油価格は上昇基調に入り、米ガソリン需要のピークである6―7月に年間の高値を付けると予想する。その後は季節要因から需要が減少するため、価格の足を引っ張るだろう」
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――関本氏を交え、原油と非鉄金属との価格の相関性や、需給の違いなどについても聞きたい。
関本「原油価格につれて、例えば銅の価格が動くことは良くある。鉱山での生産における燃料コストが下がるといった意識が働く部分もあるからだが、それ以上に、コモディティ―の一つとして原油価格にただ連動しているところがある。以前であれば金属と株価の動きとは逆相関だったが、近年はそのような動きもあまり見られない。景気の動きに沿って動いている。足元で原油価格は少し持ち直してきており、金属価格も多少はそのような動きを見せている。ただ、原油と比べると金属は需要に占める中国の割合が非常に大きく、なかなか明るい材料を見いだせない」
野神「世界の原油需要のうち、中国が占める割合は1割になる」
関本「銅の世界需要のうちの半分を中国が占めているため、中国の景気動向がそのまま銅の需要見通しにはね返ってくる。中国経済の減速とともに、需要の伸びもこれまでのようには期待できなくなっている」
――原油と同様に、非鉄金属も供給側の調整が進んでいる。
関本「15年9月ころから、銅をはじめとする非鉄金属の減産報道が聞かれる。ただ、市場の反応は鈍く、価格は下げ止まらなかった。今年に入り減産の影響が少し出てきたようだが、まだ顕著と言えるほどではない。採算割れの生産者がどんどん増えてきており、現在の価格が底値と言われてはいる。ただ、原油価格の下落とともに、操業コストもぎりぎりのラインから少し下がってきた」
――これまでうかがった需給以外に、原油や非鉄金属の価格を動かしている要因を。
野神「米国の利上げになる。QE(量的緩和策)を行っていたころに、世界最大の石油市場である米国で何が起きていたかと言うと、金融業者がタダ同然の資金を市場に突っ込んで儲けていた。米利上げとともに金利以上の収益を石油市場で上げなければならなくなると、リスクが高すぎるとの認識が強まった。それならば、石油市場での利益を確定して、利息がつくところに資金を移したほうが良いといった話になった。つまり、利上げ観測が強まると同時に、金融緩和マネーが石油市場から退出したため、原油価格が下がったという面もある。14年6月からドル高が進んでいるが、ドルが上昇すれば利上げ観測が強まっていると市場が判断し、石油市場から資金を引き揚げてきた」
――実需と投機では、市場に対する影響はどちらが強いのか。
関本「ロンドン金属取引所(LME)の取引高を見ると、実需と離れたところでの価格形成がうかがえる」
野神「投機が価格を振り回しているのかどうかといった話は、石油市場では結論が出ていない。冒頭申し上げたように、OPECの市場シェアがどんどん増えていくのであれば、足元の需給が緩くても今後を見越した買いが入ってしまう。この点で実需とずれてしまうことはある。とはいえ、将来見通しを含んで買いを入れることが、需給にもとづかずに取引しているとも言い切れない」
「ドットフランク法(米金融規制改革法)によって、銀行などの動きは多少おとなしくなってきた。大手の投資銀行は商品部門を軒並み縮小している。ヘッジファンドの動きは強いときは強いのだが、材料もないのに振り回す感じではなくなりつつある。少なくとも、ある程度の需給シナリオに沿って取引をしているとみられる。ただし、投機資金が市場に流入すると振幅幅が大きくなることは、今後もあり得る。2000年代のようにインデックスファンドでは収益が上がらないこともあり、短期売買が目立つ」(藤田 章嗣)
野神 隆之氏
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、米国ペンシルバニア大学大学院およびフランス国立石油研究所付属大学院(ENSPM)修士課程修了1987年石油公団入団。95―97年通商産業省資源エネルギー庁国際資源課、2001―03年国際エネルギー機関(IEA)石油産業市場課に勤務後、石油公団企画調査部調査第一課長などを経て15年より現職。07年より帝京大学客員准教授を兼任。
関本 真紀氏
1994年4月金属鉱業事業団入団、2005年3月―14年3月JOGMEC希少金属備蓄部課長代理としてレアメタルの調査・動向などをみる。14年4月より現職。調査部金属資源調査課長として、ベースメタルの需給動向を日々ウォッチし、金属資源の安定供給に必要な取り組みや政策について模索している。