2015年8月31日

インフラの維持管理 ■内閣府SIP プログラムディレクター 藤野 陽三氏 科学的技術で予防保全

高度経済成長期に建設された社会インフラの老朽化が進んでおり、その維持補修費は今後50年間で190兆円規模に膨らむと試算されている。内閣府が推進する国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)におけるテーマの1つである「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」は、2014―18年度の5年間、インフラ老朽化による事故を未然に防ぎ、維持管理やメンテナンスの負担減を実現する技術開発に取り組んでいる。プログラムディレクター(PD)である藤野陽三・横浜国立大学先端科学高等研究院上席特別教授にプロジェクトの狙いなどを聞いた。

――SIP「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」が進めるテーマの狙いを。

「道路や鉄道、港湾や空港など高度経済成長期に建設した社会インフラがすべて老朽化しているとは言い難いが、高齢化を迎えているのは事実である。年々増加し続け、現時点で800兆円規模と言われる国内インフラストックを点検したり、補修するには莫大なコストを要する。インフラの整備は主として国土交通省や農林水産省が管掌しているが、SIPは内閣府がこれらに経済産業省、文部科学省、企業、研究機関、大学などが加わり、産学官連携としてまとめる画期的な国家プロジェクトである。インフラや土木工学を研究してきた身として、このようなプロジェクトが始まったことは嬉しい。5年間のプロジェクトで、予算は年間30億円規模を見込んでいる。われわれのプロジェクトでは、科学的に先端技術を用いて予防保全による維持管理水準の向上を図りながら、インフラの点検や補修、更新を効率的に実施することで維持補修費の引き下げに照準を合わせている。一方で、人口減少、少子高齢化が進行しており、近年では建設関連の人手不足が深刻化していることから、可能な部分はロボットや機械などに代替できるよう関連技術の開発にも力を注いでいく」

――欧米ではインフラの維持・補修・更新技術が進んでいるようだ。

「アジアにおける日本のインフラ整備技術水準は高く、概ね競争関係にあると認識している。欧米ではインフラ関連情報を多く蓄積しており、ドイツや米国では40年にわたるデータを保有している。日本では国や地方自治体、NEXCOのデータ蓄積が少なく、国内に設置されている70万橋に関しても各種構造や品質、経年変化など医療で言うカルテのようなものが無く、データに基づく変化の予測が難しい。日本は12年12月に発生した笹子トンネル事故発生までインフラ維持管理の不備による死亡事故がなく、ここからインフラ維持管理の重要性が見直された経緯があり、この分野では初めての国プロSIPが立ち上がり、ここでもビッグデータの蓄積などに取り組むが、むしろこれからと言える」

――研究開発テーマの選定理由は。

「研究開発テーマは大きく分けて、『点検・モニタリング・診断技術』『構造材料・劣化機構・補修・補強技術』『情報・通信技術』『ロボット技術』『アセットマネジメント技術』の5つ。『点検・モニタリング・診断技術』はインフラ劣化データを効率的に取得し、対象インフラを絞って健全度評価や余寿命予測を実現することが目標で、実地試験などでは国土交通省の支援も得ていく。『構造材料・劣化機構・補修・補強技術』は材料工学に基づいたインフラモニタリングツールを開発するとともに、損傷劣化機構を解明する。同時に低コスト補修・補強・更新技術を確立しながら、構造体の余寿命推定手法を完成させる。『情報・通信技術』は、インフラの挙動を広範囲・高頻度にモニタリングする技術の確立を目指す。当面はセンサー等を活用し、ビッグデータを取得していく」

「『ロボット技術』は、産学ともにこの分野の研究は日が浅く、長期視点が必要になるが、国土交通省が主催する次世代社会インフラ用ロボット現場検証等の協力を得ながら、導入に繋げていく。『アセットマネジメント技術』は、いま述べた4テーマの成果がインフラマネジメントで使われ、限られた財源と人材で効率的に維持管理が達成される、ハードの劣化予測技術をベースにしてアセットマネジメント技術の開発を行っていく。具体的には地方公共団体にも適用が可能な、道路橋を中心としたアセットマネジメントシステムを構築するとともに、海外展開を行うための人的組織を構築する。5年という限られた期間内で成果を上げるため、5テーマを同時並行で進めていく」

――鉄鋼関連企業の参加はあるか。

「鉄鋼材料の研究開発そのものはないが、『構造材料・劣化機構・補修・補強技術』の中で、綾野克紀・岡山大学教授が責任者である『超耐久性コンクリートを用いたプレキャスト部材の製品化のための研究開発』にJFEスチールが参画している。これは高炉スラグを配合することによって、塩害や凍害、疲労の複合劣化が生じにくい超耐久性コンクリートを開発し、プレキャストPC床板やRC部材への製品化に結び付けるプロジェクトである。生産工程を明確にして、品質のバラつきを解消するのが鍵になる。このほか、土谷浩一・物質・材料研究機構元素戦略材料センター長をヘッドとする『インフラ構造材料研究拠点の構築による構造物劣化機構の解明と効率的維持管理技術の開発』には新日鉄住金、JFEスチール、神戸製鋼所などが協力している」

――土木工学の専門家として、素材としての鉄鋼をどうみるか。

「鉄鋼は利用技術を含めて、研究の歴史も長く、製品バリエーションも多い、使いやすい材料である。橋梁の場合、鋼橋は錆対策などメンテナンスをしっかり行っていれば部材をすべて交換する状況にはならない。一方、コンクリート橋はメンテナンスが難しく、補修金額も大きく、内部の鉄筋の状況も目視で確認できない。施工現場によって状況が異なるし、あくまで適材適所の判断になるが、初期工事費を考えた場合、鋼橋はコンクリート橋に比べて高コストになることが多く、コンクリート橋を採用するケースが増えている。ただ、ライフサイクルコスト(LCC)の観点では鉄鋼材料を利用する方が割安になる場合も多い。SIPではインフラライフサイクルコストの最小化も大きなテーマになり、LCCを徹底化するためには従来の仕組みを変えて、建設コストだけでなく、30―50年の維持管理コストを含めた契約形態に見直すべきと考えており、これも研究テーマに入っている。この分野で鉄鋼材料がさらに普及するためには優れた耐久性、容易な補修をどうコストに織り込むのかが重要になる。SIPでは補修が難しいコンクリートに関しても、高炉スラグを活用した超耐久性コンクリートの研究を進めると同時に、LCCの観点から契約形態の見直しも行っていきたい」

――国プロでの目標達成への意気込みを。

「研究開発テーマは5つに大別されるが、全体では約90の課題があり、SIPテーマとしては最多。材料から情報に至るまで幅広くカバーする。繰り返しになるが、インフラ補修関連では初めての国プロになり、これが成功すれば次のフェーズが出てくる。すべて課題をクリアし、この国プロを成功に導くことが、私の使命であると考えている」 (濱坂 浩司)

▽藤野陽三(ふじの・ようぞう)氏の略歴=74年東京大学大学院工学系研究科土木工学専攻修了。76年ウォータールー大学(カナダ)博士課程修了。77年東大地震研究所助手、78年筑波大学構造工学系助手、82年東大工学部助教授を経て、90年東大工学部教授。13年東大名誉教授、14年11月現職に就任した。専攻は土木工学。「土木は人間と自然を繋ぐ工学」と語る。07年紫綬褒章受章。現在、内閣府PDをはじめ、日本鋼構造協会会長などの要職を務める。49年9月27日生まれ、東京都出身。

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