原油価格が急落し、その影響が世界経済、商品市況、鋼材需要などに広がっている。指標価格の米WTI原油先物価格はバレル45―50ドルで推移しており、昨年の6月の高値から約6割下落している。非鉄、金融、資源など国際相場商品に長く携わり、住友商事グローバルリサーチ社長を務める髙井裕之・住友商事執行役員に原油相場の行方と世界経済へのインパクトについて聞いた。
――原油価格が急落し、底値を探る動きが続いている。
「原油は、半世紀以上にわたって、唯一、生産者カルテルが機能している商品。供給過剰であっても、価格が下がるとサウジアラビアが減産を宣言し、軌道が修正されてきた。まして今はアラブ諸国が混沌とした状況にある。イスラム国の存在が高まり、イランと米国の核合意交渉が進展し、シリアやリビアの内戦が続き、イスラエル・パレスチナ紛争も深刻化している。産油国にこれだけ多くの火種があれば、油価が下がるはずはないと思われていた。2014年の原油先物相場は6月、ブレント原油115ドル、WTI原油107ドルをピークに軟化基調にあった。当時、ファンダメンタルズとしては、1日の消費量当たり100万―150万バレルの供給過剰が指摘されていた。このため11月末のOPEC総会前、関係者の誰もが、サウジが減産を宣言するパターンになると高をくくっていた。正直いって、私もサウジが減産に抵抗していると聞いていたが、全くのゼロ回答は予想していなかった。ところがふたを開けてみると、サウジは『私たちは市場に価格決定機能を委ねる』と宣言。つまり減産要求にゼロ回答が出た。これがビッグ・サプライズとなり、原油相場が急落した。その後、サウジもさすがに価格がこれほど下がる過程で何もしないということはないと私も思っていた。これも裏切られ、年明けに50ドルを切った。そして今月中旬、WTIが一時45ドルを割り込み、約6年ぶりの安値を付けた」
――サウジの本意は。
「OPECが相場を維持することで、OPEC以外の生産者も恩恵を受けてきた。その枠組みにフリーライドしている新規サプライヤーが自分たちの利益のみを追求し、生産拡大を続けている。名指しはしていないが、米国はシェールオイルの生産が軌道に乗った後、ここ数年で産油量が日産100万バレル以上の勢いで増えている。イラクの日産量が約300万バレル。つまり産油国が1―2誕生する勢いで供給が増加した格好となり、一方で中国など新興国の成長が鈍化する中、供給過剰が常態化してきた。シェールオイルの生産コストは60―70ドルで、原油相場が100ドルを越えていれば30ー40ドルのマージンが取れる。このためシェールオイルの増産ピッチが上がった。このままだと需給環境は、さらに悪化する。シェールオイル・ガスの生産者の多くが中小の民間企業で、OPECのようなまとまった組織ではない。サウジの産油コストは5―10ドルで世界一安い。サウジとしては調整機能を放棄し、原油相場を下げることで、新規参入者の撤退と生産量の減少を促す手段に踏み切ったのではないか」
――イランとの対立なども要因として指摘されている。
「イランはシーア派、サウジはスンニ派で、宗派が対立する宿敵同士。そのイランが欧米諸国と核開発に関する交渉を進めている。開発中止が合意に至れば、米国は30年以上続いたイランとの国交断絶を解消し、経済制裁を撤廃する。そうなるとイランは晴れて国際社会に復帰する。イランは民主主義国家で、教育レベルも高い先進国。1億人に近い大国で、未開発の油・ガス資源は潤沢。制裁が解除されて増産すれば、存在感は一気に高まる。サウジは、イランが国際社会に復帰することを望んでいないし、できれば避けたい。原油相場を引き下げることで、ロウハニ大統領の立場が弱くなり、米国との合意が流れるように仕向けているという見方もできる」
――ロシアやベネズエラの財政が悪化している。
「OPEC12カ国すべてが低コストで財務体質が盤石というわけではない。1960年の発足メンバー5カ国の1国、ベネズエラの財政はすでに破たんの危機にひんしている。財政均衡価格は130ドルと高く、原油価格の暴落は大問題。マドゥロ大統領が中国に飛び、2億ドルの融資枠を取り付けたと報じられている。サウジは、OPECの仲間に弱い国がいることを分かっており、あるタイミングで動くだろう」
――そのタイミングは。
「本年6月のOPEC総会がひとつのタイミング。もう少し早い時期に臨時総会を開いて、減産を表明する可能性もある。世界中で石油開発計画の縮小、遅延が相次ぎ発表されている。シェールオイルの減産も年後半には効き始め、ファンダメンタルズがバランスに向かい、価格が底値を固めていく」
――底値水準、当面の上値は。
「約30年にわたって相場商品を扱ってきた経験上、大きく相場が動く時はチャート(ケイ線)を見るようにしている。そうすれば底値のポイントが見えてくる。上場以来の長期の下値をつなぐケイ線は、ブレントが47―48ドル、WTIは45―46ドル。年初来の安値も、このラインでコツンと底を打って、戻ってきている。市場参加者は皆、同じチャートを見ており、きれいに相場に映し出される。外れることはあるが、これが商品価格特有の動きで、底値圏に来ている。しばらく一進一退の動きが続き、サウジが動く前に投機筋などの仮需が入る。相場はブレントで2015年度末70ドル前後を目指すだろう」
――資源相場は総じて軟化している。
「トレンドとしては、商品市場から資金が逃げ続けている。大手欧米銀の試算によると全世界の投資資金はピークの2012年が4500億ドルで、すでに3000億ドルを切っている。コモディティー・スーパーサイクルは11年末までにピークを打ち、金など貴金属、銅など非鉄、鉄鉱石、石炭なども相場が下がっている」
――鉄鋼原料価格も急落した。
「鉄鉱石、原料炭ともに、オーストラリアやブラジルの生産者はサウジと同様、減産の動きを見せない。とことん増産して、競争力の低い生産者を市場から追い出しにかかっているようだ。いずれも需給環境は原油より厳しい。原油は世界中で掘り、世界中で消費する。鉄鋼原料は生産者と消費者が見えている。最大の消費者である中国は現政権が過剰設備や不動産問題などの構造改革を進める意向で、鉄鋼原料消費が大きく拡大する方向にはない。非上場商品でチャートは機能しないし、投機筋などの仮需も入りにくい。豪ドルが大きく動かないという前提で鉄鉱石は底値を60ドルと見ていたが、50ドルを視野に入れる必要がありそうだ。原料炭は105―125ドルとみている」
――原油価格下落の世界経済への影響は。
「世界経済トータルでは間違いなくプラスに効いてくる。国別では、世界一の原油消費国である米国が勝ち組のトップ。油価下落の効果は9兆円規模で、個人消費を0・7%押し上げると言われている。一部の大都市を除き、地方部においては一つの家庭で乗用車を複数所有することは一般的。米国のガソリン税は非常に低いため、国際相場下落はガソリン価格に直結する。米国人は余ったお金を消費に回す。製造業の多くが、その恩恵を受ける。石油上流企業は、減産を迫られ、収益も悪化する。シェール生産者は中小企業が多く、資金調達が難しくなっているので経営破綻は増えるだろうが、GDPへの影響は限定的。米国に続く勝ち組が日本、インドで、ユーロ圏、中国、トルコも恩恵の方が大きい。一方、ベネズエラ、ナイジェリア、ロシア、イランは被害が甚大で、ノルウェー、メキシコも被害を受ける。サウジも輸出収入の85%、国家予算の90%を原油に依存しており、マイナスが上回る」
――日本は2番目の勝ち組。
「化石燃料の輸入代金28兆円の9割、26兆円が石油連動。LNG価格も油価に連動しており、足元の油価が続くと輸入代金は5―6兆円規模で圧縮される。消費増税の経済影響は1%当たり約2・5兆円で、昨年4月の3%増税は7・5兆円の負担増となった。6兆円戻ってくるとすれば相当大きなインパクトがある。電力やガスの料金反映に3カ月から半年かかるが、年後半には国民の負担が軽くなって、個人消費が回り始める。製造業の活動水準が押し上げられ、燃料価格の低下も効いてくる。海運や航空会社、運送会社も恩恵を受ける」 (谷藤 真澄)
1980年、神戸大学経営学部を卒業して、住友商事に入社。非鉄金属本部貴金属部に配属され、88年からロンドンに7年間駐在し、LME(ロンドン・メタル・エクスチェンジ)に関わり、LBMA(ロンドン・ブリオン・マーケット・アソシエーション)の理事も務めた。97年から財務グループに異動し、為替資金部に所属。2000年に金融事業本部に移り、デリバティブ取引やリース、ベンチャー投資等を担当し、08年に金融事業本部長に就任。11年にはエネルギー本部長に就き、石油・ガスのビジネスを担当した。13年4月に現職に就任し、フィールドをさらに広げて国際情勢やマクロ経済等を俯瞰・分析している。