指標改善、政治好転
米国経済の回復が顕著で、世界経済の牽引車としての米国の復活への期待が高まっている。米国事情に精通する双日総合研究所チーフエコミストの吉崎達彦氏に米国経済の行方を聞いた。
――米国の経済指標が好転している。
「今年は2008年と曜日の配列が同じで、日本は9月15日が敬老の日で祝日だった。カレンダーを見ては、リーマン・ブラザーズが破たんした、あの日を思い出している。ちょうど6年を経過したわけだが、経済指標を見る限り、多くの問題がクリアされたように見える。足元、自動車販売は年率1600万台超で07年のピーク時を上回っている。住宅着工件数は年率110万戸で、06年の年率220万戸というバブル期と比べると半分程度だが、その後のボトム、60万戸からは大きく改善している」
――雇用も改善している。
「非農業部門の雇用者数を見ると08年から09年にかけて870万人もの雇用が失われたことが分かる。10年以降は回復が続き、今年に入ってマイナス分を挽回し、直近のデータでは943万人増となっている。10%を超えていた失業率が6%近くまで改善している。高齢化が進んでいるので、自然失業率の岩盤が目の前に迫っているとみてもおかしくはない」
――GDP成長率も回復。
「本年1―3月期は悪天候などの要因でマイナス成長を余儀なくされたが、4―6月期は4%に回復している。内訳を見ると個人消費の寄与度が1―2%で安定的に推移し、経済全体を押し上げる健全な形になっている」
――株価も最高値を更新している。
「ダウ30種平均は1万7000ドルを超え、最高値を更新し続けている。S&P500も初の2000ポイントに乗せている」
――米経済は復活したと見てよいのか。
「これだけ多くの経済指標が改善しており、米国ならではの楽観ムードが盛り上がってよいはずだが、現実には悲観論が蔓延している。足元の景気回復をエンジョイしているのは投資家と企業経営者くらいで、国民の多くがハッピーになれる状況にはないようだ。エコノミストらの間では深刻で根本的な議論が起きている。フランス人経済学者のトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論』は、投資家など一握りの高所得者とそれ以外の人たちとの格差拡大を指摘したもので、大きな議論を巻き起こしている。元財務長官のサマーズ氏の『長期停滞論』は、先進国経済がリーマン前に戻ることは容易でないと指摘している。日本はバブル経済崩壊以降の低成長期を体験しているが、米国ではスローな経済成長に対するストレスが積み上がっているのか、経済指標が好転しても楽観ムードが広がらない」
――FRBの量的緩和策はうまく機能しているように見えるが。
「政治が良くない。オバマ大統領の人気があまりにも低い。外交面でも行き詰まっている。つい先日までの日本と重なるが、上院・下院のねじれ構造が固定化し、『決められない政治』に対する閉そく感が強い。11月4日に中間選挙が行われるが、今回は08年の選挙でオバマ人気に便乗した上院議員たちが6年目の審判の時を迎える。オバマ大統領の人気が落ちているため、共和党が議席を伸ばすことになりそう。下院は既に共和党が優位なので差が開き、上院も共和党が多数党を奪回し、上下両院を支配する可能性がある。ただ共和党への期待がさほど高いわけでもなく、上院の逆転が起きる確率は半々くらいだろう」
――政治による悲観論の払しょくの可能性は。
「中間選挙の結果がどうであれ、オバマ政権のレームダック化と議会の機能不全は続くというのが、最近のアメリカウォッチャーの共通認識。政治の機能不全は経済に悪影響を与えておらず、経済に対する政治関与をなるべく小さくする方が良いという見方もある。オバマ大統領は増税を実施したい、共和党は支出削減がしたい。互いににらみ合って歳出の強制削減という仕組みができて、その通りやったら景気が回復してきた。14年度の財政赤字はGDP比2・8%と3%を下回る見込みとなっている。リーマン後に10%以上にまで悪化していた財政収支が劇的に改善している。オバマケアはうまく進まないし、共和党も言い分を通せないが、下手に政治が動かない方が良いという結論となる。こうした中、さえないペシミズムが蔓延し、エコノミストの間では答えの出ない議論が始まっている」
――経済自体は回復基調にある。楽観ムードへの転換期はいつ。
「米国らしい楽観ムードに変わる閾値(いきち)はどこかにあるのだろうが、オバマ大統領の暗い表情を見ていると、しばらくは難しそう。2016年の大統領選挙に関する議論が高まる中で、その後への期待感が盛り上がってくるかもしれない」
――長期的には。
「米国も高齢化という問題が深刻化してくる。一方、先進国の中のエマージング地域が米国に誕生した。シェールガス革命によって、何もなかったところで安価なガスが採掘され、ノースダコタなど、まさに新興地域の勢いで急成長している。アメリカ経済に新しい成長エンジンが加わった。米国復活のトリガーとなる可能性はある」
――隣国のメキシコも重要拠点になった。
「日米欧韓とのFTA締結が効いており、自動車産業が集まり、タイのような自動車産業のハブとして成長を続けるだろう」
――さて、足元では量的緩和が出口を迎えている。好調な製造業や雇用を阻害する懸念はあるのか。
「先週のFOMCでFRBのイエレン議長が、緩やかな利上げへと方向性を示した。量的緩和自体は10月に終了するが、すぐさま金融の引き締めを意味するものではない。FRBは購入した国債や住宅担保債券で満期になったものは買い替えており、バランスシートは約4兆4000億ドルに達している。満期になった債権をキャッシュとして受け取るようになったときに、初めてバランスシートが減り始めるが、それは利上げの後になる。慌てる必要はない」
――米国経済はしばらく安定するとみてよいのか。
「イエレン議長は就任8カ月を経過し、市場から信認を得ている。まだ出口の入り口の当たりで、出口の出口は結構先の長い話になって、人類初の体験を見ていくことになるだろう。水野和夫さんが『資本主義の終焉と歴史の危機』で指摘しているように、先進国がそろって金融緩和をしたものの、その成果が見えにくい状態が続いている。これは先進国共通の課題になるかもしれない」
――ドル高が進んでいる。
「金利引き上げ観測がドル高を誘い、円安が進んでいる。本年末の1ドル105円を予想していたので少し早かった。利上げはいずれ来るわけで、ドル高局面はしばらく続くだろう。ドル円レートは安定期が長かったので、動き出すと月に4―5円は動く。110円という次の節目を意識せざるを得ない」
――日本は円安進行にもかかわらず、輸出が増えないという指摘がある。
「世界の貿易量が一時に比べて落ちている。2000年代は資源価格高が押し上げていたこともあるが、2桁増が当たり前だった。現在は5%程度の伸びにとどまっている。リーマン前には戻らないのは当然とする『ニューノーマル』状態に陥っている。日本政府が悪いとか、企業の競争力が落ちたとの指摘がはんらんしているが、海外需要が伸びないと輸出の勢いは戻りにくい」
――日系企業の海外生産は拡大している。
「双日総研で面白い研究している。日本企業がいかに海外で稼いでいるかを調べるのに投資のフローやストックでは、いまひとつピンと来ないので、海外進出企業が現地で再投資している額を計算してみた。日銀の統計によれば13年末で26兆円に上ることが分かった。これはいわば日本企業が海外で稼いだ内部留保で、その累計額が、01年の4兆円から6倍以上に増えている。日本企業の海外投資が、確実に果実を生んでいることを証明している」
(谷藤 真澄)
1960年富山県生まれ。84年一橋大卒、日商岩井入社。米ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て企業エコノミストに。日商岩井とニチメンの合併を機に04年から現職。著書に「アメリカの論理」、「1985年」(新潮新書)、「オバマは世界を救えるか」(新潮社)など。近著に「ヤバい日本経済」(東洋経済新報社、共著)。産経新聞「正論」、毎日新聞「時論フォーラム」、北日本新聞「時論」などのメンバー。テレビ東京「モーニングサテライト」などでコメンテーターを務める。13年度フジサンケイグループ「正論」新風賞受賞。