2020年6月29日

鉄鋼新経営―2030年に向けて― 確実に利益出す体質に 三菱製鋼社長 佐藤基行氏 持続的成長への種蒔きも

 ――2020年3月期決算では減収になり、経常損益と当期純損益は赤字に転落したが、営業黒字をキープした。

 「20年3月期は期初予想として売上高1370億円、営業利益20億円を見込んでいたが、米中貿易摩擦を発端とする景気の弱含みから需要が下振れし、予想に対して売上高は15%程度下回ったものの、営業利益は第2四半期の業績修正に対して若干のプラスで、修正した範囲内に収まった。当期損益は150億円の減損損失を計上したことで大幅赤字となったが、これは海外拠点の事業見通しが計画を下回ったものであり、減損は特殊鋼鋼材、ばね、素形材とほぼ全ての海外拠点を対象とした。将来の見通しを保守的に捉え、このタイミングで一気に膿を出し、減損効果もあって、回復に向けてのめどが立ちつつある」

 ――新型コロナウイルス感染症影響を受けて、21年3月期の業績予想の公表を見送った。

 「新型コロナ感染症影響によって、とくにばね事業における海外生産拠点で落ち込みが大きく、4月と5月の売上高は前年同月比3―4割減となっている。20 年3月期では北米拠点中心に売上高7億円、営業利益1―2億円の影響を受けた。12月期決算のインドネシア・ジャティム(JATIM)は期間差があり、前期は影響がなかったものの、5月と6月の受注量は落ちてきている。その一方で、中国拠点では5月の生産が期初計画を上回っており、中国と、それ以外の国とで状況が大きく異なるなど、現時点で業績予想を公表することは難しい。足元は顧客に対する安定供給を継続できるよう、各拠点の生産状況把握などに努めている」

 「20年度から新中期経営計画をスタートしたものの、新中計期間もコロナ影響が続く可能性を念頭に置きつつ、想定される最悪のシナリオとして主力製品の需要規模が想定より2割縮減することも覚悟しなければならないだろう。その場合には思い切った固定費削減、戦略投資抑制を行わなければならない」

 ――新型コロナ感染防止対策や、雇用調整助成金活用による一時帰休などの状況は。

 「社員の健康と安全を第一に考え、在宅勤務や時差出勤を推奨して通勤時の感染リスクを低減しており、出勤者を概ね50%に抑制している。加えて会議は開催時間短縮や出席人数制限、またWEB会議システムを積極的に活用している。海外出張は原則禁止とし、駐在員はその国の規制に準じた対応を取っているが、一部の駐在員は帰国させ、国内で待機措置を取った。4月後半から従業員の一時帰休を実施しており、生産現場だけでなく、本社部門でも助成金の活用を進めている。日数は全社平均で4月が2日強、5月は4日強になり、6月と7月は5月と同じ水準を想定している」

 ――新中計を1年前倒しで実行した狙いを。

 「16 年度に策定した前中期経営計画は20 年度までの5カ年計画とし、重点施策を中心に進めてきたものの、米中貿易摩擦に端を発した保護貿易主義の台頭などによって、主要顧客である自動車メーカーのグローバル化の流れが後退したこと、また自社での要因も重なり、最終年度である20 年度の数値目標達成は遠く及ばない状況となった。事業環境が大きく変わったことを受けて、今回は3カ年という短期的にはなるが、目標を見直し、前中計の反省点を踏まえて、軌道修正を図ることにした。これからの3年間はまず傷んだ財務を回復するべく、利益を確実に出すことができる企業体質に戻すことが先決で、早期に実現させる。ジャティムと北米のMSSCの再建が重要課題で、道筋はすでに付けてあり、実行あるのみ。同時に将来にわたって持続的に成長するための種蒔きも行う。当社は素材メーカーであり、素材を使った加工メーカーでもある。両方を自社に持つメーカーは少なく、この強みを生かしてシナジーを発揮することによって、さらに成長していきたい」

 ――そのインドネシア特殊鋼生産子会社のジャティムと、北米ばね生産子会社のMSSCの立て直し状況は。

 「前期はジャティムとMSSCの再建に力を注いだ。ジャティムはとくに丸鋼のものづくりが軌道に乗るまでに想定を上回る時間を費やしたが、丸鋼の生産性がボトム時に比べて3―4割アップしている。また一時期はスクラップ購入が不安定で、需要とアンマッチな量を高値で購入してコストが上昇した時もあったものの、今は安定調達ルートも確保できた。さらに受注鋼種を絞ることで生産効率を高め、歩留まりも向上し、量産効果を実現してコストが大幅にダウン。余剰人員を削減して、量に見合った生産体制も整えた。ジャティムは前期、減損効果もあって19年10―12月、20年1―3月の営業損益は黒字に転換。インドネシア国内やASEANの景気動向にもよるが、戦う体制はできている。ASEANで唯一の日系特殊鋼メーカーという地の利を生かし、存在感をさらに高めていきたい。顧客の強い期待を感じており、それにどのように応えていくのか、また再建後の成長戦略をどう描いていくかが課題となる」

 「一方、MSSCは再建の入り口に立った状態にある。MSSCはカナダ、米国、メキシコの3拠点を有するが、20年3月期は米国工場での新規立ち上げ製品でトラブルが発生し、この解消に時間を要した。また、トランプ政権による鋼材輸入規制で材料市況が急上昇した際、それを販売価格に転嫁するべく現地自動車メーカーと交渉してきたが、決着が長引いたことも収益悪化を招いた。これらの課題はすでに解決済みだが、3拠点の稼働率が低迷し、赤字を脱却できていない。受注量に見合った生産体制に再編するため、米国工場では巻きばねに続き、22年3月をめどにスタビライザの生産もカナダとメキシコの工場に移管する。これによって固定費を削減し、強靭なコスト体質にすることで、市場で激しい競争を生き抜く体制を構築し、黒字化を図る。すでに競合他社に追いついている軽量化技術を用いて新規受注を確実に得ることで、将来的に受注拡大を目指していきたい。ばね事業を管掌していた取締役を北米専任として派遣したことで、日本と常に情報を共有できる体制となり、現地での判断スピードが上がったと感じている」

――新中計での特殊鋼鋼材事業の方針を。

 「特殊鋼鋼材事業は従来の路線を大きく変更せず、国内(三菱製鋼室蘭特殊鋼=MSR)と海外(ジャティム)の2本柱化を着実に進めていきたい。国内は日本製鉄との協業を深化させる。実を結ぶのは少し先になるが、それまでに実力を蓄えておくことが大事だ。日本製鉄室蘭製鉄所内にある北海製鉄第2高炉の改修によって生産性が大きく改善され、MSRのある室蘭コンビナート全体での大幅なコストダウンに繋がる。19年の緊急損益改善施策により、一時期抑制していたリフレッシュ工事は前中計でほぼ完了。新中計では全社で150億円の投資枠を設けた。前中計は主に海外拠点向けだったが、今後は国内での競争力強化が中心となる。150億円のうち特殊鋼鋼材事業は70億円で、内訳は国内63億円、海外7億円となる。国内は8億円を投じる圧延ホットスカーフの自動化をはじめ、MSRにおけるコストダウンなどの戦略投資が13億円。このほか変電所ガス絶縁開閉装置や圧延仕上げ主電動機の老朽更新に加えて、二次精錬と副原料の集塵機更新など環境関連投資を進める。海外はジャティムで増産に向けた投資を検討中だ」
 「ジャティムが軌道に乗ったことで、MSRとの生産連携が可能になる。MSRの太径丸鋼と、ジャティムの中径・小径丸鋼をうまく組み合わせることで、MSRは得意な品種やサイズに特化して生産効率を高めることができる。ジャティムの小ロット対応も強みになる。独自の鉄源を持つことに加えて、国内外拠点で生産連携を行うことは我々の念願であり、ようやく実現できる。互いに補完し合い、製品バリエーションが増えれば新規顧客の開拓や、既存顧客への拡販が期待でき、営業活動を強化していきたい」

 ――ばね事業に関して、損益V字回復への施策はどうか。

 「繰り返しになるが、ばね事業は顧客への対応強化として、前中計でグローバルサプライヤー化を掲げて進めてきたものの、この流れが後退したので見直している。欧州で買収したMSSCアーレへの投資は凍結し、北米3拠点の2拠点化も決めた。アーレはエアチャンバーなどトラック用部品を得意とし、我々としては乗用車用サスペンションに照準を合わせてきたが、環境の変化もあって、まずは投資を凍結し、今後の展開を検討していく。フィリピンの子会社であるMSMセブでは2工場を最適化する予定だ。ばね事業では、これまで生産能力に比べて受注が減少してきた原因の1つに、製品力向上に長い時間をかけていたことが挙げられる。当社では16年に技術開発センターを設立したものの、顧客が本当に求める機能と、当社の開発方針にズレがあったと反省している。20年5月には営業戦略室を新設しており、ここが顧客と開発・営業・事業所をつなぐ接点となって、開発方針と顧客の求めるものとのベクトルを合わせた上で開発のスピードを上げていく。これらの施策によって、ばね事業を立て直す」

――素形材事業及び機器装置事業の方針を。

 「素形材は事業の絞り込みを進めてきており、リソースを成長事業であるターボチャージャー用部品のベーンノズルやタービンホイール等に注力する。千葉製作所にマザー工場を立ち上げ、素材から製品までのものづくり開発を担わせ、生産技術力を向上させる。国内外の事業所は量産を展開する役割に特化した。具体的には千葉マザー工場にアドバンスド・マテリアルズ・センター(AMC)を新設して精密鋳造試作ラインを導入し、20年4月から稼働開始。製品開発に加えて、品質やコスト改善のための試作を行い、その製造技術を海外拠点の量産ラインに移植させる。一方、自社素材を製品にする当社の成功モデルを生かす。例えばジャティムの平鋼を関連会社で板ばねにしたり、MRSの素材をばねに製品化しているが、自社素材を使うことでコスト管理できる範囲が広くなり、競争力を持つことができる。素材から製品を造り込む方向性は間違っておらず、千葉マザー工場の機能を充実させていく。新しい設備は真空誘導溶解炉が20年度第2四半期での稼働開始を予定する。主に3Dプリンター用の金属粉末量産技術を確立するためのガスアトマイザーは20 年度第3四半期の稼働を計画。このほか、広田製作所は金属粉末の水アトマイズ試作専用ライン設置が完了しており、特性・生産性の改善を行い、量産設備での実用化に繋げていく」
 「機器装置事業はエネルギー市場の変動によって、化石エネルギーによる電力発電機器向け製品が激減。それに代わり、洋上風力関連機器の受注が増えている。今後も再生可能エネルギー関連製品で新たな展開を模索していく。また既存の鍛造プレスでは新規需要は伸びず、買い替え需要とともにメンテナンス需要も捕捉していきたい」

 ――ものづくり力向上、製品開発力向上に関してはどうか。

 「前中計では積極的に海外展開を進めたが、肝心のものづくりで課題が顕在化した。ばねで言えば米国工場での新規立ち上げ製品が想定どおりのコストで作ることができず、損益に悪影響を及ぼした。特殊鋼鋼材ではジャティムで幅広い鋼種を受注したことで、歩留まりが悪化した。同じ状況が起きないよう、ものづくり力向上に関しては国内拠点のマザー機能を強化する。具体的には海外拠点で駐在経験を持つ技術者を集約し、国内で量産技術を確立した後に海外展開する仕組みに切り替える。国内で量産技術を確立できなければ海外での生産にゴーサインを出さないこともあるだろう」
 「製品開発力の向上は、競合他社に比べて魅力ある製品機能の提案が遅れたと反省している。技術開発センターでは生産部門と営業部門の連携が不十分で、ここに楔を打つべく、新設した営業戦略室を通じて、重要案件については経営陣を含めて進捗を共有し、ニーズ把握から開発や製品化、販売までのサイクル回転を速めていきたい」

 ――仏・ルノー、日産自動車、三菱自動車工業が新たなアライアンス戦略を発表した。

 「3社アライアンスでは地域別の役割分担が強くなり、当社とのお付き合いが深い三菱自動車はASEAN、オセアニアでリーダー役を務める。ジャティムを持つ当社にとっては良い方向に進んでおり、今後の動向を注視していきたい」(濱坂浩司)

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