――「中期経営計画ローリング」(2019―20年度)の中間総括から。
「18年4月に社長に就任し、16―20年度中期経営計画の進捗状況を確認したところ、品質事案の発覚や戦略投資の収益化遅れなどが重なり、業績が中計シナリオから大きく外れている実態が明らかになった。そこで19・20年度の2年間で徹底して取り組むべき重点テーマ、次期中計に向けた継続的テーマを抽出して、具体策を盛り込んだ『中計ローリング』を策定した。重点テーマが『素材系を中心とした収益力強化』『経営資源の効率化と経営基盤の強化』の二つ。19年度は連結経常利益300億円を目標に掲げてスタートしたが、段階的に100億円、損益ゼロと下方修正し、先月には250億円の赤字予想を発表するに至った。機械系、電力は安定収益を確保しているが、素材系の収益が大きく下振れる。鉄鋼は前年度の47億円の黒字から250億円の赤字に後退し、アルミ・銅は赤字幅が15億円から250億円に拡大する」
――振り返ると連結経常損益は17年度711億円、18年度346億円で、19年度は赤字に転落する。20年度は黒字転換が最大の経営課題となる。
「2月6日の通期業績予想の大幅下方修正を受けて翌7日に『緊急収益改善特別委員会』を設置した。2年連続の赤字は許されないとの強い決意で、緊急措置としての経費削減策、キャシュフロー改善策などの検討を急ぎ、今月末までに具体策を決定し、4月から施策を順次実行していく。私が委員長を務め、素材系総括の柴田耕一朗副社長、機械系総括の大濱敬織副社長を中心としたメンバーで構成する。同時に設置した分科会には経営企画部、各事業部門が参画し、緊急施策と20年度収益計画を立案。施策の実効性を高めるために経営トップによる『特別委員会』が方針を決定する。すでに決定した役員報酬の一部返上に加えて、追加の経費削減など緊急施策を積み上げ、20年度の黒字化を果たして成長軌道への回帰を図る。並行して想定以上に厳しい経営環境が続く前提で次期中計の議論を深め、新たな成長ステージへの道筋を描き直す」
――「素材系を中心とした収益力強化」においては、鉄鋼、アルミ・銅の両主力事業のテコ入れが最重点課題だが、市場環境はさらに厳しくなっている。
「確かに米中貿易摩擦の影響で製造業分野における素材需要が減少しており、鉄鋼では『原料高の製品安』も常態化している。国内は消費増税後の需要反動減が加わり、五輪関連の建設需要も一巡。さらに新型コロナウイルスが発生し、事態の収束すら見通せず、世界経済への影響が広がっている。このような外部環境などコントロールできない部分はあるが、鉄鋼、アルミ・銅の生産効率アップ、歩留まり向上、安定操業をさらに徹底。並行して加古川製鉄所への鉄鋼上工程集約と追加施策の効果を追求し、アルミパネル生産拠点である真岡製造所の大型設備投資効果を引き出すことで『中計ローリング』で掲げた素材系の収益力強化を軌道に戻す」
――素材系の共通重点テーマは「ものづくり力の強化」「販売価格の改善」「戦略投資案件の収益化」だが、鉄鋼については。
「17年度に神戸製鉄所の高炉を休止し、加古川製鉄所に上工程を集約した。年産粗鋼能力は700万トン規模に縮小しており、スケールを追求する考えはない。自動車の軽量化を図り、安全性を高めるための神戸製鋼ならではのソリューションを提案していく。超ハイテン鋼板や特殊鋼線条など得意分野のものづくり力をさらに強化し、設備集約や追加投資によるコスト削減効果を引き出していく」
――戦略投資の収益化は。
「自動車鋼板では米国、中国に続いて、加古川の超ハイテン鋼板設備増強を進めている。特殊鋼ではタイにおける線材の現地供給体制の品質認証が月内にほぼ完了する。16―20年度中計で打ち出した成長戦略投資はすべて実行済みで、遅れている収益化を急がなければならない」
――一貫製鉄業における収益改善の手立てを。
「加古川への上工程集約による150億円のコスト削減効果は実現している。保全費、物流費などのコストアップで打ち消された部分はあるが、神戸の高炉休止を経営判断していなければ事態はさらに悪化していた。18年度は設備トラブルで100億円、自然災害で20億円の損失が発生した。19年度は設備トラブルがなくなったものの、外部環境が悪化し、『原料高の製品安』も常態化しつつあって、マージンが縮小している。商品開発投資、設備投資を継続し、付加価値の高い鋼材を安定供給するため、ひも付き分野の価格改善を要請していく」
――鉄鋼業界では日本製鉄が主力製鉄所の減損処理と生産設備構造改革を決めたが、加古川などの追加対策を考えているのか。
「加古川は上工程集約によって競争力が高まってきており、現時点で設備集約などは想定しておらず、減損処理も考えていない。追加設備投資の効果を引き出し、品種構成を高度化していく」
――1億2000万トン規模だった日本の全国粗鋼が1億トンを割り込み、長期的には7000万トンへ縮小していくとの指摘もあって、日本における製鉄業のあり方が問い直されている。
「内需縮小を見越して加古川に上工程を集約した。環境悪化への対応として、神戸製鋼ならではのアイテムを増やして品種構成を高度化するための投資を継続している」
――アルミの収益改善のシナリオは。
「自動車メーカーの軽量化策は、鋼材の使い切りなどもあってアルミ化が少し遅れているが、方向性自体は変わっていない。品質事案が受注や品質認証に影響を与え、歩留り低下などコストアップを誘発し、ロールマージン改善も遅れている。中国のアルミパネル、米国のアルミ鍛造品や押出材、真岡のアルミパネル設備などの戦略投資は実行済み。米国のアルミ製サスペンション用鍛造ラインでトラブルが発生するなど収益化は遅れている。世界的に自動車生産が停滞しており、時間軸を見直す必要はあるが、ものづくり力を再強化するための課題は見えている」
――そもそも16―20年度中計では素材系、機械系、電力を3本柱とする成長戦略を打ち出し、電力事業がフルに立ち上がる23年度以降のROA5%を目指している。社長就任時、事業環境が良い時は2000億円、厳しい時でも1000億円を計上できる収益構造を構築したいと語っていた。
「オリジナルの中計目標であり、持続的成長にROA5%は欠かせない。2000億円が独り歩きすると困るが、電力事業がそろう23年度には1000億円の実力が備わってくる。素材系はアルミの成長戦略投資効果を引き出し、鉄鋼は山谷を小さくして収益を安定化していく。機械系はコベルコ建機が収益安定化を牽引してきたが、大型ターボ圧縮機市場参入、等方圧加圧装置世界トップのスウェーデン・クインタス社を買収した効果等も引き出し、建機、機械、エンジニアリングのトータルで収益を拡大していく」
――脱炭素社会への対応としては、製鉄業におけるミドレックスプロセスの活用が期待できる。
「エンジ事業の傘下にあるミドレックスは、直接還元鉄プロセスで6割以上の世界シェアを握り、最先端の技術・ノウハウを持つ。100%子会社ではあるが、米国企業でもあり、グループ内連携が進んでいなかった。技術開発本部、鉄鋼事業部門、エンジニアリング事業部門によるタスクフォースを組成して、取り組みを本格化している」
――200万トン規模の直接還元鉄プラントによる特殊鋼線条ミルは現実味がある。
「自ら建設するかどうかは別にしてビジネスチャンスはある。新時代の製鉄プロセス開発という面で、ミドレックスはアルセロールミッタルが進める高炉の水素還元プロセス技術開発に参画している。世界最大の製鉄プラントメーカーであるプライメタルズとも連携している」
――電力事業は計画通り。
「真岡発電所は20年度に1・2号機がフル稼働する。神戸発電所の第3・4号機の建設も順調で、23年度には神戸第1・2を含めた6基がフル稼働し、400億円規模の経常利益を稼ぐ安定期に入る」
――真岡はガス火力発電所だが、神戸発電所は超々臨界とはいえ、石炭火力のためアゲインストの風が吹いている。
「神戸も政府のエネルギー政策に則った電力卸事業で、都市型のため送電ロスが小さい。下水汚泥バイオマスを燃料の一部として取り入れ、発電した電力で水素を製造し、燃料電池車に供給するという新たな取り組みもスタートしている」
――製鉄所の自家発電所、神戸・真岡の電力卸事業で培ったノウハウを海外展開し、地球温暖化対策に貢献することもできる。
「自ら発電所を建設するのは現実的ではないが、ODA等を活用した技術・ノウハウの海外展開の可能性は十分にある」
――「中計ローリング」のもう一つの重点テーマが「経営資源の効率化」。
「事業の評価方法について、資本コストをより意識した事業管理指標として投下資本収益率(ROIC)を導入した。事業部門ごとの収益性を管理・評価し、連結ベースの目標ROA5%を実現するポートフォリオを組み立てていく。同時に資金・資産の効率化も進めていく。成長戦略投資が先行する中、DEレシオ1倍以下の財務規律を堅持するため、500億円をターゲットに資金の効率化を進めている。グループ会社再編を含むガバナンス強化もテーマ。90年代から事業の選択と集中を継続し、素材、機械、電力の事業領域での持続的成長に向けた取り組みを進めているが、経営環境は刻々と変化している。200社を超える子会社についても全体最適の視点で見直しを進めている」
――神鋼不動産、神鋼ケアライフに続いて、コベルコマテリアル鋼管、コベルコ銅管の売却を決めた。
「複合経営事業体として、限られた経営資源の下で、どこで勝負するか。素材系事業は自動車軽量化戦略を進めており、人材や資金などの経営資源を万遍なく張り続けることはできない。コベルコ鋼管はステンレスシームレス管、精密細管、チタン溶接管などを製造し、安定収益を上げているが、持続的成長の観点からすると鋼管分野に経営資源を傾注している丸一鋼管に譲渡することを決めた」
――神鋼鋼線工業を子会社化し、神鋼ファブテックは吸収合併した。M&A、合弁事業化も選択肢となる。
「あらゆる可能性を否定しない。ダイナミックに経営判断しなければ、まず生き残れない。ビジネスチャンスを逃さないようにしたい」
――日本製鉄は経営資源を効果的に配分するため生産設備の集約を進めている。神戸製鋼は、同じ観点で事業分野の選択と集中を加速するということか。
「社長就任当時から言っているが、勝負できるビジネスを是々非々で判断していく。グループ会社はまだまだ多い。それぞれの企業に思いや愛着はあるが、多くの事業を抱える非効率が際立っている。経営資源配分、ガバナンス、成長戦略など全体最適の観点で経営判断していく」
――事業売却はキャッシュ対策にもなる。
「獲得した資金を戦略事業に再配分していく」
――技術・商品開発投資を絞るのか
「メーカーなので技術力の低下は致命傷となる。短期的に急がないものを先送りすることはあるが、開発投資を削っていく考えはない。総合力を引き出すための要素技術、新商品の開発投資は強化する」
――コベルコ建機、コベルコ環境ソリューションは別会社化している。素材、機械、電力を別会社化し、純粋持ち株会社とする考えは。
「現時点で考えてはいないが、完全に否定するものでもない。事業、技術、人材を融合し、シナジーをいかに発揮するかがポイント。自動車軽量化では鉄鋼、アルミ、溶接の総合力があり、環境対策では機械の省エネ型熱交換器、神鋼環境ソリューションの水処理、ミドレックスの直接還元鉄プロセスなどが貢献できる。新たな社会的ニーズ、ビジネスチャンスに神戸製鋼として、いかに総合力を発揮し、持続的成長への軌道を描いてくかが重要であり、全体最適の方策を選択していく」
――チタンは、スポンジから純チタン、合金チタンを製造する一貫メーカーだが、収益面では課題がある。
「航空機産業は年率2―3%成長を続けるだろうが、需要の波が大きい。新溶解炉のコスト改善が計画通り進んでいないこともあって、確かに収益は物足りない。将来性がある素材ではあるが、ビジネスをエンジョイできるかどうかであり、次期中計を見据えて事業性を見極めていく」
――「中計ローリング」では、次期中計に向けた継続的テーマのひとつが「自動車軽量化戦略の着実な遂行」。鉄鋼とアルミ・銅の大規模な組織改編を実施する。
「鉄鋼、アルミ、溶接材料、異材接合技術を持つ世界唯一のメーカーとしてのソリューション提案を推し進めていく。4月1日付で組織を素材の『鉄鋼アルミ事業部門』と部品の『素形材事業部門』に再編し、需要分野別戦略を強化する」
――『鉄鋼アルミ事業部門』は薄板、アルミ板、線材条鋼、厚板で構成する。
「大規模な設備で大量生産する鋼材とアルミパネルは、圧延や熱処理などの要素技術、品質管理が共通しており、横串を通してものづくり力を再強化できる。超ハイテン鋼板、特殊鋼線条、アルミパネルは自動車をはじめ需要先が共通しており、総合的なソリューションを提案できる」
――『素形材事業部門』は。
「鋳鍛鋼、アルミ鋳鍛、チタン、サスペンション、アルミ押出、銅板、鉄粉で構成する。鋳造・鍛造に関わる金型、熱処理などの要素技術は共通している。船舶用の大型クランクシャフト、自動車用の鍛造アルミサスペンションや航空機用の鋳造品などは部品としての品質管理であり、受発注スタイルも似通っており、さまざまな面でのシナジーを期待できる」
――大枠のコンセプトを発表してから約1年を費やした。
「慣れ親しんできた枠組みや仕事の内容が変わることに対しては当然のことながら抵抗もある。18年度から鉄鋼、アルミ・銅、溶接を素材系として括って意思疎通を図ってきた。19年5月に『中計ローリング』と併せ
て新たな枠組みのコンセプトを公表し、さらに約1年をかけて現場における議論を重ねてきた。双方で長所を分かり合い、互いの長所を組み合わせて強化してこうという成長戦略への理解も浸透してきた。真岡の設備トラブル対策に鉄鋼の技術者が応援に駆けつけた場面では、生産現場での融合も進んだ。組織を変えただけで注文は増えない。新組織としてベクトルをそろえ、組織力を最大限に引き出していかなければならない。間接部門を共有し、素材、部品の個々の品質・コスト競争力をさらに強化し、組み合わせとしてのソリューション提案力を高度化することで神戸製鋼所ならではの強みを発揮していく。アルミパネルと超ハイテンを組み合わせたドア構造などのソリューション提案も積極展開していく。当初はギクシャクすることがあるかも知れないが、ソフトランディングを図り、新たな組織としての成長を図っていく」
――企業としては国連の持続可能な開発目標(SDGs)への対応も求められる。
「低炭素社会の実現やSDGsの達成に向けて、事業・生産活動に伴う環境や社会への負荷を低減させることに加えて、神戸製鋼グループの提供する技術や製品を通じて環境や社会に貢献していくことが使命であると認識している。総合素材メーカーであり、重機メーカーでもある神戸製鋼ならではのサービスと人材の総合力を発揮。事業の成長と社会課題の解決を両立させるサステナビリティ経営を推進し、そうした取り組みをタイムリーに公表していく」
――デジタルトランスフォーメーションへの対応も急ぐ必要がある。
「AI推進プロジェクト部を18年10月、IT戦略プロジェクト室を19年6月にそれぞれ新設し、マテリアルズインフォマティクス(MI)も導入しながら、メーカーとして決して負けることができない生産基盤やものづくり力、技術・商品開発力などの強化を推進している」
――神戸製鋼コベルコスティーラーズはトップリーグ連覇に期待がかかる。
「昨季は15年ぶりの優勝を果たしてくれた。品質事案が発生し、業績も低迷しているので、スティーラーズの活躍によってグループ社員は勇気づけられており、ぜひ連覇を果たしてほしい」
――最後に2030年、つまり10年後の神戸製鋼所グループ像について聞きたい。
「現状維持、今のままでは存続できない。技術力は中国が猛追しており、社会的ニーズも大きく変化している。企業グループとして自ら変化に対応し続けることが重要となる。素材、機械、電力を3本柱とするが、素材に頼ってはいけない。機械系は世界トップシェアの商品や技術を数多く保有しており、クインタスの買収効果も期待でき、伸びるチャンスがある。事業ポートフォリオとしては、機械系を大きな塊に育て、中軸に据える可能性もある。素材系は鉄鋼アルミ事業部門の強化はもちろん、ニアネットシェイプのニーズが高まる中、素形材事業部門の部品により近いエリアの付加価値を高めていくことで神戸製鋼グループの特長を強化できる。自動車のアルミ製サスペンション部品は需要が伸びており、船舶用の大型クランクシャフトも世界トップシェアを握っている」
――いち早く収益を回復させたいところ。
「企業としては収益を確保し、ステークホルダーに還元する使命を担っている。品質事案が発生し、信頼回復がグループ共通の課題となっているが、収益目標のROA5%に近づけていくことが、結果的にお客様に評価いただいていることの証となる」
――鉄鋼事業を核とする神戸製鋼所から姿形を変えていくのか。
「例えば10年後を見据えた時には、鉄鋼メーカーではあるが、総合素材メーカーであり、機械メーカーでもあって、電力事業も行う、バランスの取れた事業ポートフォリオで構成する新たなビジネスモデルを確立していることが、ひとつの目指す方向性ともいえる」(谷藤 真澄)