住友金属鉱山は2025年度に新たな3カ年中期経営計画をスタートさせる。現中計では銅・金の2つの鉱山が立ち上がり、電気自動車(EV)用リチウムイオン電池(LiB)向け正極材の増産投資も進んだが、次期中計ではどのような成長戦略を描くのか。松本伸弘社長に現中計の総括や、次期中計の考え方を聞いた。
――上期の事業環境と下期の見通しを。
「上期は銅、金価格の堅調さに加え、為替も円安基調だったため全般的に事業環境は良かった。一方でニッケルはインドネシアでの増産を背景に市況が低迷した。同国では一部の生産者が減産や一次生産停止をしており、その動向を注視する必要がある。下期の相場環境を見通すのは難しいが、銅もニッケルも世界消費の約半分を中国が占める。中国の経済が、米国の政権交代後にどうなるのか心配もある。とはいえ、長期的にはニッケルもコバルトも銅も経済成長に必要な材料で、いずれは価格が戻り需要も旺盛になるだろう」
――事業別の取り組みを聞きたい。まず海外資源事業について。
「2つの大型プロジェクト、QB2(ケブラダブランカ銅鉱山、チリ)とコテ金鉱山(カナダ)はいずれも期初の想定に沿い順調にランプアップしている。QB2は予定通り年内にフル生産となりそう。一方で既存の海外銅鉱山はセロベルデ(ペルー)とモレンシー(米国)で減産となり、生産コストが悪化している。鉱石品位の低下や、新型コロナ禍後のオペレーター不足による重機の稼働率低下が原因で、稼働改善に向けた手を打っている」
――製錬事業は。
「ニッケル生産は計画通りだが、中間原料を造るフィリピンのコーラルベイニッケルとタガニートHPALニッケルの2工場が若干減産。その分は外部調達量を増やした。鉱石中のニッケル品位が計画より低かったことや、高品位な新鉱区の開発が許認可の関係で遅れたことが響いた。許認可を取得できたため、これからキャッチアップしていく」
「銅製錬は東予工場(愛媛県)の生産能力を年間45万トンから46万トンに引き上げる取り組みを進めている。ボトルネックの一つだった原料銅精鉱の乾燥設備は23年に増強。現在は下工程の電解能力を高めている。具体的には電解槽の電流密度を上げる。そのためにはアノード(陽極銅)とカソード(電気銅)の性状をまっすぐな板状にして電極の短絡を防がなくてはならない。アノードをプレス加工でフラットにするのだが、その精度を上げている」
――材料事業を。
「電池材料(正極材)はEVの需要環境が国・地域でばらつくが、当社が供給している電池サプライチェーンについては堅調な需要が続いている。ニッケル、リチウム価格の変動による損益影響が大きいが、TPS(トヨタ生産方式)導入により棚卸資産を圧縮して影響度を小さくする取り組みを進めた。これまでに約3割圧縮でき、その分だけ相場影響度は減っている」
「機能性材料は製品ごとに濃淡はあるが、一部製品は需要家の在庫調整が進み徐々に受注が増えている。通信デバイスやAI、電子基板関連などだ。一方で結晶系は中国のスマートフォン関連などがまだ戻っていない」
――ニッケル市況低迷の受け止めを。
「インドネシアでは元々NPI(ニッケル銑鉄)や中間品の生産が多かったが、中間品があまりに余剰になっているため、最近は最終製品のニッケルカソ―ドを造る方向になっている。当社のコンペチターになるため、厳しい状況が続くのは間違いない。一方でニッケルカソードにも様々なグレードがあり、当社の製品はどちらかと言えば高品質のため、その強みを生かせる航空機などの分野で拡販していきたい。航空機関連は認定に時間がかかり参入障壁が高い。生産面ではⅮXを活用して安定操業や実収率の向上につなげる。材料事業で成果を挙げてきているTPSを製錬事業でも導入し、中間品の圧縮や物流の正流化なども進める」
――相場低迷による減産の検討は。
「それはない。ニッケルも銅も需要家向け以外に、LME(ロンドン金属取引所)に納めることもできる。当社は幸い需要家向けの供給で現状十分に引き合いがあるため取引所には入れていないが、いざとなれば一時的にそこへ納めることでキャッシュはカバーできる。たとえ余剰になってもすぐに減産とは考えていない」
――EV市場の成長が鈍化する中でも、正極材の増産方針は変わらないか。
「年産能力を30年度に18万トンまで高める計画から大きく変えることは現状ない。ただEV需要がさらに鈍化する可能性もあり、その辺りは注視しながら対応していく。ニッケル系を中心に拡張していく予定だったが、最近の状況を勘案し、ニッケル系だけでなくLFP(リン酸鉄系)や全固体電池向けも加えて増やしていくことになる。LFPは中国が先行しており、違うタイプのLFPを出していかなければいけない。全固体電池向けも試作品を提供しながら、供給先と一緒に開発を進めている」
海外での増産の可能性は。
「国内外両方のケースを含めて検討している。特にLFPはすでにベトナム工場があるため、その活用が当然視野に入る」
――ニッケルの中間原料として流通量が多いニッケル・コバルト混合水酸化物(MHP)の活用検討は。
「ニッケル製錬の原料としてだけでなく、様々な用途が可能性としてある。MHPは水酸化物のため酸を中和する能力があり、例えば廃水処理で中和剤として使えないかなどを考えている。ニッケル原料になり、中和剤の代替にもなれば資材の削減につながり、温室効果ガス対策にもなる。ここで使えそうだなというところを絞り込んでいる段階だ」
――LiBリサイクル事業の進捗を。
「リサイクルプラントが許認可をおおむね取得でき、建設工事を進めている。予定通り26年6月に設備は完成する予定。ランプアップしていき、28年くらいに1万トンの処理を目指す。建設に並行して進めるのが原料サプライチェーンの構築。LiBリサイクル原料にはバッテリー製造工程で発生する『ブラックパウダー』と、電池から回収する『ブラックマス(BM)』がある。当社はBMを中心に処理していく考え。これを集めるため、国内外のリサイクラーと情報交換しながら構築を進めている。当社の電池リサイクルは乾式と湿式を複合的に組み合わせたプロセスが特長で、原料中の不純物を比較的容易に分離しやすい」
――LiBサプライチェーン構築に向けたパートナーシップ協定を国内9社と結んだ。
「それ以外にも話を進めている。また、北米などでもパートナーを模索している」
――炭化ケイ素(SiC)事業の進捗を。
「単結晶ではなく、薄い単結晶・多結晶の貼り合わせ基板で評価サンプルを出している。貼り合わせ基板は単結晶より電気抵抗が低く、電気を流したり止めたりの繰り返しによる劣化もしにくい。大型の8インチSiCも評価が進めば量産に向け動き出す。当社だけでは需要全てに応えられないため、貼り合わせ基板のライセンスについて色々な会社と交渉している。まだ完全には決まっていないが、国内外で決まりつつある」
――そのほかに新規事業は。
「近赤外線吸収材料をもとにした素材テクノロジー『ソラメント』のブランディングを進めている。従来は自動車などの遮蔽用フィルムに使われていたが、農業用ビニールハウスで近赤外線を遮断して中の温度をコントロールしたり、人の肌を近赤外線から守るため衣料や化粧品に応用したりといった展開を検討している。また、酸化ニッケルや触媒など水素社会に向けた事業も手掛けていきたい」
――25年度にスタートする次期中期経営計画の考え方。
「投資額として大きいのはやはり資源開発だろう。12月に発表したウィヌ銅・金プロジェクト(豪州)の権益取得や、ニッケルのグーンガリー・ハブ・プロジェクト(同)の検討を進める。銅もニッケルも今後の経済成長に伴い絶対に必要な金属で、それを安定的に供給するのが我々の使命だと思っている。既存の鉱区もいずれは枯渇するため、やはり資源を押さえなければならない」
――ウィヌは30%権益取得に向けた独占交渉権を得て、25年半ばまでに最終締結を目指す。鉱山規模や最終投資判断の時期は。
「プレFS(予備経済性調査)の段階だが、それなりに大きな規模なのは間違いない。プレFSが25年に終わり、そこからDFS(最終的な事業化調査)をして必要な許認可取得をしていくと、投資判断は次の次の中計になると思う」
――マジョリティーを持った資源開発の可能性は。
「世界中の鉱区が調べつくされ、どこかの会社が押さえている。単独で新しい鉱区を見つけるのは難しく、マイノリティーで権益を持ちながら経営に参画していく形にならざるを得ない」
――ニッケル製錬事業のポイントは。
「ニッケルはまずグーンガリー・ハブ・プロジェクトを実現していくが、その先では製錬能力が足りなくなるため、どう増やしていくのかという議論になる。製錬所を次期中計期間に造るところまでは難しいと思うが、どこでどういうものを造りニッケルサプライチェーンを構築するかの議論を最終決定するところまでいきたい。まず原料の量が確定しなければ製錬規模も決められない」
――ニッケル精製設備を新設することもあり得るか。
「あり得る。いまのニッケル工場(愛媛県)や播磨事業所(兵庫県)を拡張するという手もあるし、新たな場所につくるということも可能性としてはある。何を造るかによって、顧客への供給を含めてロケーションはどこが良いかとなる」
――リチウムの直接抽出技術(DLE)の事業化は。
「次期中計でどういうビジネスモデルにするか見極めたい。プラントをつくるならば、その次の中計になると思う。ウィヌの権益で交渉しているリオティントもアルゼンチンでリチウムの大型案件を持っており、リチウムでも協業できないかを含めて検討していく。リオティントとは銅製錬も含め、色々な情報交換などができると思っている」
(田島 義史)