――国内需要が低迷から脱し切れない。
「建築分野は人手不足や諸コストの上昇、景況感悪化による設備投資意欲の低下もあって住宅、非住宅ともに芳しくない。土木分野も予算額は相対的に高いが諸コストの上昇で実工事量が減少傾向にあり、鋼材需要になかなか結びついていない。自動車分野は一部減産の取り戻しが計画されているが、海外での販売不振などで生産台数は前年比マイナスで推移し、本格的な改善に至っていない。造船・産機などの製造業も世界経済の悪化による外需の減速を受け、不透明な状況が続いている。2024年度の国内鋼材需要は前年度(5187万トン)の横ばい、もしくは前年度を下回ることが懸念される」
――鋼材の輸入量が大幅に増え、汎用品市場の鋼材価格に徐々に影響が及んでいる。
「普通鋼鋼材の1―8月の入着量は前年同期比8・6%増え、国別にみると韓国からが7・5%増、台湾4・9%増、中国15%増と中国が突出している。米国やEU、カナダなど各国・地域で中国に対する通商措置が増える中、日本へのさらなる輸出の拡大が懸念される。不公正な輸入材の増加に伴う混乱は健全な国内のサプライチェーン(SC)に悪影響を及ぼしかねず、経済産業省や日本鉄鋼連盟と連携しながら検討を深め、有効な対策を講じていくことが肝要だ。ただ足元の中国鉄鋼メーカーによる鋼材値上げは変化の兆し。中国国内の原料炭価格上昇などで中国メーカーは赤字が続き、鋼材の輸出価格も引き上げる可能性がある。中国の需要動向は注視していく」
――厳しい事業環境の中で進める営業政策とは。
「中長期的な需要減少とそれに伴う厳しい需給環境を想定して生産設備休止などの構造対策を行い、現行の中長期経営計画の残り1年半、計画の完遂に向けて取り組んでいく。24年度は鹿島地区の厚板・大形ライン等の休止を予定し、お客様に迷惑がかからないよう着実に進める。一方で顧客ニーズが多様化する中で高付加価値品の需要が一層高まっており、戦略品種の提案を広げてニーズに的確に応えていく。エコカーの増加と性能向上に寄与する駆動用電磁鋼板は20年比で5倍となる供給体制を27年めどに八幡・広畑・阪神(堺)の3拠点で整える。また、超ハイテン材の供給体制強化に向けた名古屋次世代熱延ラインは26年の立ち上げを予定し、新ラインを活かすために商品開発に着手している。13クロム・ハイアロイ油井管や高圧水素用ステンレス鋼HRX19はCCS事業や水素ステーションなどでのニーズが増えており、施工時の加工の省力化に対応したメガハイパービームなど各戦略品種の拡販に取り組む」
――日鉄物産を子会社化し、流通・加工含めた一貫での営業力強化を図っている。
「日鉄物産を子会社化して2年目となり、様々な連携を具体化している。日鉄物産は子会社のNS建材薄板を合併し建材薄板マーケットでのプレゼンス向上を図るとともに、電機資材の子会社化で電磁鋼板事業の営業基盤やSC機能の強化にグループ全体で取り組んでいる。海外ではシンガポールの土木建材製品問屋のMlionへの出資を決め、成長が見込まれるASEAN地域の土木建材インフラ需要を取り込む。外部環境に左右されない厚みを持った事業構造に転換し、グループ会社含め一貫営業力を強くし、より多面的な市場対策を可能としていく。重要なビジネスパートナーである商社各社とそれぞれのビジネスの役割や機能の明確化、メーカー・商社間での役割分担の最適化を進める一方、カーボンニュートラル(CN)など社会のニーズを捉えた商品・サービスの価値を明確にして拡販につなげる。各商社も新たなサービスを展開しており、協力して戦略品種のSCを強化し、より広範なフィールドで共同の取り組みを進めていく」
――本体とグループ会社の事業の統合など製鉄事業の強化策を相次ぎ具体化している。
「国内の電縫鋼管事業をより効率的な事業構造に変革し、競争力を強化する。当社グループとしてお客様への対応力のさらなる充実とSCの強化、商品の高度化、今後の脱炭素化社会に向けた新たな需要へのソリューション提供など万全の体制を整える。日鉄ステンレスの吸収合併によって需要の伸長が期待される水素やアンモニアなどの新エネルギー分野に対して研究開発での知見を活用し、新たな戦略商品の開発を加速するとともにお客様への提案力・対応力を最大限に活かせる営業活動体制を構築する。高炉から電炉へのプロセス転換に関する検討についても両社が一体となって取り組む必要があり、人的リソースを強化・最適化し、両社の経営資源を最大限活用して多くのシナジーを発揮していく。これまで進めてきた、国内グループ会社の事業再編による体質強化や海外事業への設備投資、役目を終えた事業、シナジーの薄れた事業からの撤退・再編を進め、製鉄事業をさらに強化していく。海外は需要の伸びが確実に期待できる地域、当社の技術力・商品力を活かせる分野でグローバル戦略を展開している。上工程から一貫して付加価値を創造できる鉄源一貫製鉄所を拡大し、インド、米国、ASEANの3つの重点地域でグローバル拠点を多様化させている」
――鋼材販売価格の改善に継続して取り組んでいる。今後の価格政策の考え方とは。
「原料価格や物流費、エネルギー、労務費など諸コストが上昇する中、メーカーから流通まで健全なSCを維持するため、一貫での応分の負担をお願いしてきた。価値に見合うリソースを割いている高級商品を質・量ともに安定的に供給するためにお願いしており、結果的にお客様のメリットにつなげなければならない。コスト動向を踏まえ、公平な負担について理解を得るべく価格の改善に努めていく」
――中国の輸出増による国際鋼材市況の低下の一方で原料価格が上がるデカップリングの状態が続いている。
「鉄鋼の価格や貿易を取り巻く世界の環境を俯瞰してみると、世界の粗鋼生産は00年から23年にかけて10億トン増えたが、そのうち9億トンが中国によるもの。23年の世界の鉄鋼貿易は2億7900万トンでそのうち中国が9400万トンと3割を占める。中国の鋼材輸出は9月に16年7月以来の1000万トン超えとなり、1―9月累計は8100万トンと前年同期を20%上回った。中国国内の鉄鋼需要は20年の10億9000万トンをピークに減少しているが鉄鋼生産は高位を維持し、このため鋼材輸出は24年に1億トンを超える勢いで推移している。12―21年の10年間の東南アジアの熱延市況は平均トン530ドル。主原料コストは300ドルでスプレッドは230ドルだったが、22年以降は市況が約540ドルでほぼ変わらず、一方で主原料コストは100ドル以上上がり、スプレッドは120ドル程度と低迷している。原料高・鋼材安のデカップリングの状態が3年にわたって続いている。狭いスプレッドがこれほど長く続いたことはなく、中国発の影響が大きい。24年に入り新規AD調査がすでに34件と急増し、うち25件が中国を対象としたもの。中国がこのまま高生産・高輸出を継続すれば、日本はじめその他諸国の市場の混乱を惹起することが懸念される」
――CNの対策が進んでいるが、グリーン鋼材をどのように拡販していくか。
「グリーン鋼材のNSカーボレックス・ニュートラルの販売を23年度に開始し、国内外の様々な分野のお客様に採用が進んでいる。今後の販売拡大には、マスバランス方式の国際基準化や業界標準化、グリーン鋼材市場の拡大に向けた政府支援が必要であり、これらの課題について日本鉄鋼連盟と連携しながら関係省庁や業界団体、需要家などに働きかけていく。脱炭素化の革新的技術の開発には大幅なコストアップが生じる。CO2排出削減実績を環境価値として社会全体に認知していただき、グリーン鋼材の購入と使用を通じてコストアップをバリューチェーン全体で負担していただくことが必要不可欠であり、引き続き高炉メーカーの脱炭素化の取り組みの価値を認めていただくよう取り組んでいく」(植木 美知也)