――社長としての抱負、決意から。
「設立前夜の1990年代後半は商社冬の時代。とくに鉄鋼製品ビジネスは苦境にあり、中でも丸紅、伊藤忠商事は業界5位、6位のポジションで、いずれも大きな赤字を抱えていた。中国・大連にあった両社のコイルセンターを98年に統合後、水面下でタスクフォースを立ち上げて事業統合の検討を開始した。2001年10月、数多くの課題を抱えながらも、伊藤忠丸紅鉄鋼としてスタート。お取引先や業界のご理解、ご支援を得て、鉄鋼総合商社としての新たなビジネスモデルを競合他社に先駆けて確立できた。逆境の中での強い危機感をバネに社員一丸となって懸命に走り続けてきた結果、21年間にわたり一度も赤字を出すことなく、事業規模を拡大し、鉄鋼総合商社の名に恥じない収益構造を確立することができた。20周年を機に企業理念を新たに制定し、『鉄を商う。未来を担う。』というステートメントを掲げた。社長に就任し、鉄鋼業とお客様の未来に貢献する価値を創造していくため、グループ社員一丸となって挑戦を続ける決意を固めている」
――経営環境は大きく変化している。
「コロナ禍の長期化、ロシア・ウクライナ情勢、米中覇権争い、東アジアをはじめとする地政学的リスクの高まり、欧米の金融引き締めなど様々な問題が複雑に絡み合い、不確実性が高まっている。ただし米国からスイスへと連鎖した金融機関の経営危機は、両国の中央銀行と政府の迅速な対応もあって、リーマン・ショック後のような世界同時不況に陥ることはないと見ている。日本国内に関しては、コロナ禍の収束によって人々の購買意欲が高まり、活動範囲も広がっている。水際対策の緩和によって急回復しているインバウンド需要は個人消費のみならず、ホテル、観光施設など建設投資を含めた社会全体の景気を刺激すると期待している」
――鉄鋼市場環境について。
「国内は首都圏を中心に建設の大型案件が目白押しで、自動車分野は半導体などの部品供給不足が徐々に解消されて生産は回復に向かっている。約2年間にわたって上昇してきた鋼材市況も維持されている。海外については、昨年後半から鋼材市況が軟化基調にあったが、需要の戻り、原料、電力などエネルギー価格上昇を背景に持ち直してきている。一方で欧米の金利上昇が住宅、自動車など個人消費の冷え込みを招く怖れがあり、与信、在庫は管理を徹底するよう指示している」
――「第7次中期経営計画」(21―23年度)における取り組みを。
「国内の鉄鋼需要は人口減少とともに縮小する見通しで、脱炭素社会への対応を迫られる自動車など輸送機器、電力などエネルギー産業は事業構造転換を加速し、鉄鋼業界は需要構造変化と製造プロセス改革に取り組んでいる。この大変革期において持続的成長を図るため、第7次中計では『MISI as Resilient towards2023』をキャッチフレーズに、企業としての耐性を引き上げ、復元力を高めることに注力。『備える、高める、鍛える」の三つの施策を推進し、ポストコロナの新たな時代、産業構造転換による需要の変化を見据えて、伸ばせる分野、強みを持つエリアを徹底的に強化。商売の中身を見直し、資産を入れ替え、機能を進化させることで収益構造の改革を進めている」
――「備える」の進捗状況から。
「収益基盤の再強化がメーンテーマ。『収益力強化委員会』がトン当たりの原価や販管費などの分析を行い、資産効率や資金効率の改善を推進。本社、グループ会社全体に新たな視点でのコスト意識が浸透し、原価低減、販管費抑制が進み、事業会社の黒字化率が90%台を回復するなど手応えを感じている。200億円以上の連結純利益の安定確保を目標に掲げてスタートしたが、鋼材価格上昇の追い風もあり21年度は連結純利益が過去最高の626億円に達し、22年度も最高益更新が視野に入っている」
――「高める」については。
「北米の建材事業、鋼管事業への依存度が高い中、収益基盤をさらに高めることは持続的なテーマ。2年前に立ち上げた『次世代ビジネス検討プロジェクト』からのカーボンニュートラル分野での事業創出にも期待したい。同時に、機能の強化による競争優位性の再構築に取り組んでいる。産業構造転換を背景に伸びる市場、成長する分野を見極め、変化を続けるサプライチェーンにおいて商社機能を発揮し続ける必要がある。資産の入れ替えを進めながら、コロナ禍が続く中、過去2年間で約300億円の投資を実施した」
――「鍛える」は。
「人的資源の底上げがメーンテーマ。統合設立後に採用した社員が7割以上となり、個々のスキル向上と多様なプロ集団の形成に取り組んでいる。社員一人ひとりの頑張りが働き甲斐と成長実感、組織の成果、会社の発展につながる好循環を目指している。また、『デジタル研修』の一環として、業務効率化を課対抗で競い合う『BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)Cup』を年2回開催している。数多くの提案から厳選されたアイデアが、それぞれの現場でプログラム化され、実用例を社内で横展開する段階に入り、成果が急速に広がっている。約100社ある事業会社の経営人材育成も課題で、中堅層のビジネススクールへの派遣、グループ内での実践的研修などを拡大している」
――収益構造改革は追加施策を打ち出した。
「4月1日付で営業傘下組織に『インキュベーション室』、経営戦略・人総本部直下に『デジタル戦略室』を新設。経営企画部の『カーボンニュートラル推進チーム』を『サステナビリティ推進チーム』に名称変更し、IT推進部の『営業システムチーム』と技術部の『共通インフラチーム』を統合してIT推進部に『ITソリューションチーム』を新設し、人総本部に『人材開発チーム』を立ち上げて、それぞれ新たな視点での活動を開始する。例えば『インキュベーション室』は、脱炭素社会・デジタル社会においてお取引先が求めるサービスを具現化して提供していくのが狙い。最重要分野である国内の鋼材流通で当社が果たすべき役割を新しい室できっちりと応えていきたい」
――国内事業強化策として、物流プラットフォーム化サービスにも取り組んでいる。
「ITツールを活用し、荷主間を結ぶことで積載率や配送ルートの効率化を図る。日本国内のドライバー不足は深刻で、脱炭素社会への対応も待ったなし。特約店、コイルセンター、シャーリングなど業態を問わず、積載率や車両稼働率を含めた輸送効率の改善は業界全体の課題となっている。様々な商流に柔軟に対応できる国内物流プラットフォームの早期の実用化を目指している。海外についても海上輸送の効率化によるコスト競争力の維持・強化が極めて重要なテーマとなっている。海外パートナーとタイアップしながら、競争力ある配船を実現し、鉄鋼メーカーの出荷効率改善にも貢献していく」
――コイルセンターの共通システム開発の進捗状況は。
「安全、不良率低減、トン当たり・時間当たり生産性向上、リモートワーク・遠隔操作などをテーマに技術部が現場と連携して開発を急いでいる。中国で基幹システムの共通化を先行させ、すでに7社で導入している」
――持続的成長のカギを握る海外戦略について。
「商社機能が評価されやすい米国、欧州、豪州など先進国は積極的に投資を行っていく。英国では、建材の加工・販売ネットワークを全国展開するバークレイ・アンド・マシソンを昨年11月に買収した。これから投資効果を引き出していく。米国はビジネス・リスクが相対的に低く、需要は底堅く推移している。建材事業は、建築用スチールフレームで全米4割強のシェアを握るクラークウエスタン・ディートリック・ビルディング・システムズ(CDBS)があり、住宅の屋根・壁用アルミ・スチールサイディングを得意とするクオリティ・エッジとともに建材マーケットの深耕に取り組んでいる。足元は業績が好調な鋼管事業は、マルベニ・イトウチュウ・チューブラーズ・アメリカがヒューストンに本社を構え、油井管、ラインパイプ、特殊管のマスターディストリビューター機能を担い、油井管問屋のスーナー、CTAP、カナダのトライマークと北米の幅広いエリアをカバーしている。CDBSのパートナーで、大手鋼材流通のワージントン・インダストリーズとUSスチールの合弁サービスセンター事業会社からジャクソン工場を22年10月に買収し、MISAスペシャルティ・プロセシングを新設した。MISAメタルプロセシングが4拠点を展開しており、ミシガン州でゼネラルモータース向けの加工を行うRSDCミシガンを含め、自動車対応の薄板サービスセンターは6拠点となった。豪州は厚板の切断加工・販売、鋼管類の販売の現地事業があり、天然ガス・水素ビジネス関連を含めさらなるビジネスチャンスを探っていく」
――新興国については。
「インド、アフリカ、中東などはグリーンフィールドへの投資となり、カントリーリスクも高いが、着実な市場拡大が期待できる。そこで人を張り付けてトレードを開拓しながら取引先を拡大し、経営方針が一致する現地パートナーとともに事業機会を探っていく戦略で攻める。アフリカはサブサハラを中心に1950年代から鉄鋼製品ビジネスを続けているが、第一弾として、東アフリカ共同体の経済発展の中心的役割を担うケニアのナイロビに支店を昨年9月に開設。駐在員1人、ナショナルスタッフ3人の体制で活動を本格化しているが、駐在員を増員する」
――インドは中国に続いて、世界の鉄鋼市場の成長を牽引する。
「7年前はほとんど岩山だった工業団地に、工場が林立しており、成長の勢いに驚かされた。JSWスチールとプネ、チェンナイ、デリー、アーメダバードで自動車、電機対応の薄板、電磁鋼板のコイルセンターを展開。マグナム・ストリップス&チューブとは二輪・四輪車用のメカニカルチューブ製造やコイルセンター、カパロ・エンジニアリングとは自動車用TWBの合弁事業をそれぞれ展開している。100%出資の無方向性電磁鋼板コイルセンター、モーターコア製造拠点もデリー近郊にある。インドは南部に続いて、北部も急成長しており、現地パートナーとの連携を強化しながら、拡大する地産地消ニーズを確実に捕捉していく」
――品種戦略について電磁鋼板から。
「EV、新エネルギー市場を重要分野と位置付けており、4月1日付で鋼材第三本部に『電磁鋼板部』、『電力・電動化戦略室』を新設した。現在は日本、中国、インドで加工・物流拠点を展開。モーターコアのグローバル企業であるイタリアのユーロ・グループとは中国でEV駆動用モーターコアの合弁事業を設立し、メキシコの加工・物流事業に一部出資している。ユーロのメキシコ拠点を活用しながら米国でビジネスを広げていく。モーターコア用の精密金型を得意とし、コアも製造する黒田精工にも一部出資し、昨年10月にはモーターコア製造の合弁事業を設立することで合意した。『電磁鋼板部』は『電力・電動化戦略室』とともにモーターコア、トランス向け、方向性・無方向性の全方位でグローバル市場開拓を加速する」
――カーボンニュートラル対策では伊藤忠商事、丸紅との連携がチャンスを生み出す。
「両株主が注力する再生エネルギー発電事業については鋼材、鋼材加工部材の供給等で連携。製鉄所の脱炭素化では、鉄スクラップの安定供給、有効活用で伊藤忠メタルズ、丸紅テツゲンとそれぞれ連携している。カーボンニュートラルに限らず、両株主の総合力をフルに活用するため、緊密に情報交換し、人材交流も拡充している。大量の厚板、特殊鋼を使用する洋上風力発電ビジネスについては、海外のファブリケーターとのビジネスを通じてノウハウを蓄積している」
――特殊鋼は。
「日本の特殊鋼メーカー、高炉メーカーの品質競争力を国内外で発揮できる。国内では伊藤忠丸紅特殊鋼に加えて、独立系流通のヤマト特殊鋼を100%子会社化。サンコールに15%出資して線材精密加工分野に進出。伊藤忠丸紅特殊鋼が出資する磨棒鋼メーカーの大阪ミガキとともにステンレス磨き棒鋼、ステンレス鋼線、特殊鋼・高合金を扱うメガサスの事業を継承した。特殊鋼、ステンレスとも国内・海外市場開拓を進めていく」
――中長期の展望を。
「社会・経済環境の変化は続くが、鉄が持つ機能性、加工性、コスト競争力、リサイクル性など素材としての優位性と存在感は変わらない。世界規模で見れば鉄鋼需要は拡大を続ける。加工・物流・ファイナンスの基本機能にデジタル技術を上乗せした非価格競争力を強化することで、お客様との関係をより深化させ、ビジネスパートナーとともに機能をさらに高めていく。設立当時からのパイオニア精神を受け継ぎ、未知なるフロンティアに挑戦し、鉄鋼流通のフロントランナーとして進化を続けることで、お客様や社会に貢献できる鉄鋼総合商社としての成長を追求し続けていく」(谷藤 真澄)
【プロフィル】
▽石谷誠(いしたに・まこと)氏=1984年東大法卒、丸紅入社。薄板部配属、90年マルベニ・スチール・プロセシング(ナッシュビル)、98年鉄鋼製品本部、01年伊藤忠丸紅鉄鋼転籍、03年米国統括会社(ニューヨーク)、09年関連事業部部長代行、12年JSW・MIスチール・サービスセンター(ムンバイ)、16年事業総括部部長、18年米国会社CFO(ニューヨーク)、19年執行役員・MITI社長(ヒューストン)。21年取締役常務執行役員、経営戦略・人総本部長、23年4月から現職。
契約社会の米国、商魂逞しいインドでの経験を通じてグローバルスタンダードを体得。国内、海外現法、事業会社を往復し、海外駐在は20年以上に及ぶ。
インド駐在時は現地高炉メーカーとの合弁会社設立を通して現地の薄板事業基盤を構築。北米鋼管事業を管理・運営するマルベニ―イトウチュウ・チューブラーズ・アメリカ(MITI)社長時代は大手鋼管問屋のスーナーとCTAPの現地幹部を束ねて投資効果を徹底追求。続いて大手鋼材流通ラッセル・メタルズに事業会社の統合を提案して折半出資でトライマーク・チューブラーズを設立し、北米鋼管事業の強固な収益基盤を再構築した。
東大ボート部では「冬に戸田の艇庫から荒川を下り、江戸川の急流を上り、利根川を下って銚子まで4日間漕ぎぬいた」。座右の銘は「和顔愛語」で茶道も嗜む。家族は妻と一男一女。60年10月20日生まれ、香川県出身。