世界のステンレスの供給構造が大きく変わりそうだ。牽引するのは中国勢。とりわけ世界最大手の青山控股集団の大型投資が目を引く。インドネシアに続いてインドと米国に工場を持ち、年産能力を近い将来に1200万トンと日本の全生産の4倍強に増やす。普通鋼製造の高炉一貫製鉄所をインドネシアに建設する計画も表明した。急成長を遂げたステンレスの巨人は経営速度をさらに速め、国際市場に新たな挑戦を仕掛けようとしている。
「検討段階と言っていたインドの冷延工場建設はすでに工事を始めた。様子を見て熱延ミルを導入する」
青山集団子会社の幹部が明かしてくれた。中国に次ぐ人口大国で拡大する需要を独自の技術とコストでいち早く捉える。インド工場が必要とする熱延材を、稼働したばかりのインドネシアの新工場から調達する。
豊富な原料と需要を望めるインドネシアは同社初の海外進出先。所有するニッケル鉱石鉱山のあるスラウェシ島北スラウェシ州モロワリ工業団地にニッケル銑鉄(NPI)の工場を建設し、2015年に第1期30万トン、16年3月に第2期計60万トンの生産を始めた。
その後、ステンレス工場を建てて16年11月に冷延ミル、17年5月に製鋼工場(年産能力100万トン)、7月に熱延ミル(200万トン)を稼働させ、今後能力を拡張する。300系(ニッケル系)と200系(マンガン系)の冷延を生産。400系(クロム系)を視野に入れ、フェロクロム工場建設も当初から計画に含めていた。
インドネシア事業の投資額は約33億ドル(約3600億円)。中国でステンレス製造業を始めて10数年と業歴が浅く、海外工場未経験の民営が多額の投資を実行できたのは、政治的な後ろ盾があったからのようだ。
「習近平主席とインドネシアのジョコ大統領が13年に青山集団によるインドネシアでの工業団地の建設に合意し、15年にスラウェシ島で工業団地の開業式典を催した」と青山集団の中核子会社、青拓集団の鐘盛江副総経理は胸を張る。
橋頭堡となるインドネシア工場はインド工場だけでなく、ベトナムに建設する予定の冷延工場(100万トン)にも熱延材を供給する。他の東南アジア諸国や中国からの輸出が保護貿易によって困難な国に製品を輸出する前線基地ともなる。
■普通鋼高炉建設へ
保護主義を強める米国で冷延工場を合弁で建設する交渉を現地企業と続けている。大詰めを迎えていると子会社幹部は語る。中東での冷延工場建設は現地の政治的混乱をみて中断したが、市場獲得の意欲は弱まりそうにない。
青山集団の目先の目標は中国(粗鋼能力700万トン)とインドネシア工場との合計で18年内に1000万トン到達を果たすこと。インドネシアの追加拡張やインドでの製鋼導入で1200万トンを視野に入れる。
原料を確保しようと豪資源会社ウェスタン・エリア社からニッケル精鉱の供給を17年から年間1万トン受ける契約を16年に締結。エリア社にとって青山集団は全販売の4割を占める得意先となる。ジンバブエには自前のフェロクロム工場を建設する計画だ。
普通鋼事業にも乗り出す。モロワリ工業団地に9億8000万ドルを投じて年産能力350万トンの高炉一貫製鉄所を建設する。中国普通鋼中堅の徳龍鋼鉄と合弁を組み、知見を借りる。
インドネシアには国営クラカタウスチールと韓国のPOSCOとクラカタの合弁製鉄所の他に中小電炉が鉄鋼の上工程にあるが、島嶼部に2億5000万人を抱える市場の潜在性が投資の好材料となる。カリマンタン島に青山集団が280億ドルを投じてNPIやステンレスなどの大規模工場群を建設すると地元メディアが7月に報じた。真偽は不明だが、現地側が投資を望んでいるのは確かだ。
中国国内はステンレスや普通鋼の鉄鋼企業が乱立し、競争は激しさを増す一方、政府の能力削減の方針から量的拡大が難しくなっている。成長の場を海外に求める。中国政府が取り組む新シルクロード経済圏構想「一帯一路」に合致し、支援を得やすい。
内需志向の国営ステンレス企業と対照的に民営が続々と海外に進出する。インドネシアのステンレス生産能力は中国系企業によって18年に400万トンに増える見通し。中国勢の圧倒的な投資力がインド系冷延工場(年産20万トン)のみだったインドネシアを世界屈指のステンレス生産国に変える。その先頭に青山集団が立つ。
(植木 美知也)